義眼奇術
「ギガンって実は丸くないって知っていますか?」
佐谷はサングラスを少しずらすと野宮に聞いた。
「義眼ですか、そう言えばあなたはサングラスをかけていますね」
野宮嫌々という表情を隠そうともせず、苦笑いを浮かべながら応えた。
「いやいや、気を使ってもらわなくても大丈夫、気になるでしょう、慣れてますから」
佐谷はサングラスを外すと、左目を指した。
「こっちが義眼なんですよ。普段はサングラスでわからないようにしていますから、気がつかれることもありませんが、どうしてもつけていられない場所では目立ってしまいますからね」
そう言って佐谷はスポイトのような器具を懐のケースから出して左目に吸い付けた。すると吸着された左目が器具の先にはり付いて、眼孔から簡単に外れた。
「ほら、このとおり、義眼は丸くない。何というか扁平な形でしょう。これはまぶたが窪んでしまわないようにと、目立たないように、二つの意味で付けているのですが」
確かに言われてみれば、とは思うものの、野宮は知り合って間もない佐谷がいったい何を伝えたいのかが理解できなかった。
込み合っていた喫茶店で偶々相席に座ったに過ぎない、それだけの関係なのに、と。居心地の悪さについそわそわとしてしまう。
「知り合った人には最初にこうやって断っておくのです。私の左目は確かに義眼だと」
佐谷は一方的にそう告げると、再び義眼をはめ込んだ。
サングラスはおいたままで、暫くすると注文したメニューが二人の前に運ばれてきた。コーヒーの香りを楽しんでいる佐谷に訝しげな視線を置いたまま、野宮はカレーライスを食べ始める。
手早く掻き込んで、早々に立ち去りたかったからだ。するとカレーライスの皿に、かたりと何かがぶつかった。
一瞬の硬直、確かに皿の横には眼球が転がっている。野宮は飛び出しかけた悲鳴をカレーと共にどうにか嚥下すると反射的に叫んだ。
「あんた何のつもりか知らないが、そんな悪趣味な事やめてくれ」
すると佐谷は真顔で答える「ほら、だから最初に断っておいたのです。しっかり見てください」
佐谷の両眼は確かに孔に嵌っていた。そもそも、皿の横に転がり落ちていた眼球は球体だった事にはたと気がつく。再び目を戻すと皿の横にあったはずの眼球が消えていた。
「でも、じゃあ今のは」
「さあ、私にもわかりませんが、時折こういった事が起こるので、こちらとしても困っているのです」
佐谷は野宮の焦りなどどこ吹く風で平然と言い放った。野宮は青い顔で釈然としないまま皿を見て、僅かに思案し、青い顔のままスプーンをかちりと置き、領収書を持って料金を払い終えると足早に店から出ていってしまった。
佐谷は一人、カップを口に傾けているとウェイターが来て話しかけた。
「オーナー、有難うございます。あの客ちょっと困った常連でしたんで」
すると、「いえいえ、店の味にああしろこうしろと注文を付けるなんて、ろくな客ではありません、懲りずにまた来たら私が相手をして差し上げましょう、目はなくとも、手先には自信があります」と答える。
そしておもむろに右目を抑え、指を外すと丸い義眼が手のひらに収められていた。
「盲目なのは彼の方でしたね」佐谷はそう言って笑った。ほかの常連客も知っての事か、拍手する。
しかし、店内の人物達の批難の思いが重なり合ったとき、野宮のカレーライスに埋もれて、数多くの眼球が彼に睨みを効かせた事を佐谷は知らない。




