忠犬変らず
両親から庭のゴミをいい加減捨てて来いと命令され、楢崎は渋々ジョンの元に向かう。
最近ジョンがくわえて拾い集めた価値のない宝の山を、汚いと見とがめているのか、見たこともない女が、庭を覗いて立っているのだと言っていた。
「あ、また拾ってきたのか」
ジョンと呼ばれた犬は責められているのがわからないのか、尾を振り楢崎に飛びついた。
「まったく、いい気なもんだよお前は」
そんなジョンに怒る気が失せたのか、まんざらでもないように頭を撫でてやっていた。
犬小屋の横にはガラクタの山が出来ていた。
片方だけの靴、草臥れた鞄、薄汚れた棒、服の切れ端、そんなものがジョンの堀り下げた穴の中に溢れている。
楢崎はジョンの首輪が少し大きいことを知っていた。だから思い切り後退すれば首が抜けてしまうのだ。
ジョンが出かけるのは何時も夜だった。番犬の面目躍如とならず、彼はとても臆病だった。だからこそ、人のまばらな夜に宝物を探す旅に出るのだ。
「一体お前、どこでそんなものばっかり拾ってくるんだい?」
宝物に触れようとすると、いつも臆病なジョンがその時ばかりは唸りを上げる。
「大丈夫、取ったりしないよ、少し見せてもらいたいだけだから」
楢崎はジョンに抱きかかりながら、ガラクタの山に手を触れた。布切れの下から何か気になる皮の入れ物が見えていたからだ。
「あれ、これは」
写真と名前入りの名刺、定期券が入っている。それはパスケースだった。
電車の定期券はとっくに使用期間が過ぎている、何年も前の物だ、名刺の氏名を見ても、会社名も人物にも聞き覚えがなかった。
写真も色褪せて泥が染み込んでいた。そこで楢崎はあることに気がついた。写真の中の女性が身につけている衣服が、全てガラクタの山の中に有る。片方だけのパンプス、千切かかったスカート。写真の中では真新しい鞄。
ジョンは町で野良だったのを楢崎が拾い、飼い始めたのだ。傷つき、今にも死んでしまいそうだったジョンを可哀想に思った楢崎は餌を与え、徐々に慣らしてゆく。
臆病だけれど、心を開いた人懐こいジョンを飼いたいと必死に訴え、その情熱に両親が折れたのだった。
ただの棒だと思っていたものが、急に意味を持ち始める。泥と同じ色に変わった削れた棒、欠けた箇所からにわかに白が覗く。
「ジョン、お前これ」
呼ばれたジョンは尾を立てて臆病さを微塵も見せず、楢崎を真っ向からただ、見つめていた。いや、どこか見つめている先が違う。
楢崎が振り向くと、ジョンの目線の先に、写真の女性が透けかけた体で立って、ジョンを見つめていた。




