喰い黴
こんな生活続けてりゃ、黴なんて珍しくもなんともありゃしない。
黴びたパンやら握り飯なんかは、そんところだけ取り除きゃ食べられる。
腹を壊すのはぁ最初のうちだけだ、慣れりゃあなんでも旨くなる、そういうもんだ。
けどよ、ありゃあ驚れえた。人間の一番汚ねえ場所って知ってっかい。尻でも足の裏でも手のひらでもねえ、口なんだとさ。
つまりぁあ、あれよ、下よりも上の口の方が汚ねえのな、なんでも雑菌が人間の体んなかで一番多い場所なんだと、それだからなんかなぁ。
そんでな、カン爺ってえ呼ばれてる爺さんがいてな。なんでも名前が字は知らねえがカンジっていうらしく、まあ生計立てんのもせこせこ缶拾いやっとったからそう呼ばれてたんかもわからんが、そんな爺さんがいたんだよ。
まあこんな生活続けてりゃ、ある程度の顔は覚えるし、お互いの縄張りもあるからな、仕事ってえ程でもねえが、稼ぎの方法が重なるのも問題だ、粗大ゴミの回収、雑誌の拾い歩き、金属拾いにまあ万別さ。
中には俺みたいになんにもやりゃあしないろくでなしもいるんだけどね。つったってこんな場所にはろくでなししか、いやしないと言われりゃそれまでなんだが、そりゃあまあ別の話よ。
そんでその問題のカン爺がさ、どこかの墓で中身入りのカップ酒とお茶の缶をくすねてきたんだ。
詳しい場所は教えちゃあくれんかったけどな、毎日持ってくるもんだから、こりゃあ穴場があるんじゃねえかてなもんで、俺はつけようとしたんさ。けどよ、何度やっても途中で見失っちまう。
やっぱり詳しさは野病歴の長いカン爺にゃあかなわん、偶に酒をくれたりするもんだから、まあいいかって諦めたが。けどな、ある時から奴さんの口に黴が生え始めたんだ。
本人はわかっちゃあいないらしいが、こう、口を開くと緑の粉みてえなのが山盛りできてて、そいつが次第に酷くなってな、それにつれ、カン爺も顔が痩け、髪も抜けちまっていった。その上ひでえ臭いがすんだ、残飯なんかに慣れてる俺からしても嗅ぎなれないひでえ臭いが。
そしたら誰も気味悪がってカン爺の相手は受けなくなってな、しまいにゃ姿も見かけなくなっちまった。
俺ゃあおおかた病院にでも担ぎ込まれたか、居づらくなって他に移ったと思ってたんだ。けどこないだ予想もしねえ所でみつかったんだわ。
仲間が夜通しカン爺の声を聞くつうんで、そいつの住処の周りを探してみたのさ。してな、テントの後ろに、邪魔なあおい石があるっつうんで退かそうとしたら、そいつがカン爺だった。
拝むように丸くなって硬くなってたうえに、すっかり全身黴びちまっててわからなかかったんだな。何だろうなあ、あれ。背中が何だか、一部黴の生え方が違ってな、漢字みたいに見えたんだわ、まるで墓石みたいでね。
それがさ、読めるんだけどよ、神路って字なんだよ、出来すぎてるだろ。




