白煙線走
決まった時間に鳴る時計を作動する前に止め、起き上がると顔を洗い、パーカー付きのランニングウェアに着替え、帽子とサングラスを身につけ家を出る。
暫く道を走り続けると右手に森が、その先に川が見えて来る。
朝靄の中、自分の呼吸音と鳥の囀りだけが鼓膜を揺らす。
毎朝の日課だ、時刻は四時半、新聞屋以外には滅多に出会わない、街はまだ眠りについていた。
足は道路の継ぎ目を踏んだ。大昔の炭鉱へと続く路線が橋の上から森の中へと続いている。錆びた鉄線、腐りかけの枕木、草生す砂利道。
廃線を眺めながら走る、森がざわめいて木の枝から鳥達が一斉に飛び立つ、澄
んだ空気を汽笛が引き裂いた、かに見えた。
廃線の上を白い煙がもうもうと立ち、こちらに向かってくる。橋の下の河川敷を越えてやってくる煙と私は競争した。
白を横目に捉えながら、足を前へ前へ、持てる限りのポテンシャルを引き出す。
鼓動と煙のリズムが重なる、程なく大きく息を吐いて私は片膝をつき、肩で息をしていた。煙はそんな私をよそに残された廃線の端までたどり着くと、空気に溶けて消えた。
学生時代に気がついてから十数年、誰にも話さなかった。変わらない朝の風景、数日おきに現れるこの音のない、煙だけの汽車と私は毎日競っている。
同じ時間に現れ、そして消えてゆく煙。いつか逃げ切った暁には誰かに話してやろうと考えていたが、仕事の関係上引っ越さなくてはならなくなり、その日が最後の勝負だった、結局私は勝てずじまいだ。
私は膝を立て直すとゆっくりと歩きながら廃線を目に焼き付けていた。
枝葉に埋もれた路線は既に汽車が走っていた頃の面影はない。
満足すると身を屈ませ、スタートダッシュを切る、と後ろで鳥達が再び飛び立った。
私は振り返らず、朝日に向かって全力で坂を駆け上がった。




