きつねいっこう
「やってしもたな」伊佐美は独りごちた。自分のミスを部下に押し付ける上司に耐え切れず、その日遂に腹に溜めていた全てを吐き出してしまった。
いたたまれずそのまま会社を出て、携帯の電源をオフにし、むしゃくしゃした気持ちのまま酒を飲み、意識が醒めた時には川原で横になっていた。
「社会にでたら狐にならな、何が起きても化かしてな、のらりくらりと躱して行かな、あんじょう生きてはゆけへんよ」
母に言われた言葉が今更身にしみた。
「狐にならな、か」酒臭い息を吐き出すと仰向けから右へと体を倒す。
青い葉の臭い。吹いた風に揺らされて、かさりと袋が音を立てる。酔った際に洒落で買ったのか、宇佐美の脇には油揚げが入った袋が寝ていた。
目を瞑っていると、風の音に混じり、祭囃子が流れてくる。
そんな時期じゃなかった、そう思い、まだ酔っているのかなと薄目を開け、川面に目をやると街の明かりが泳いでいた。
それに紛れて提灯明かりも揺れていた、柔らかな灯で狐面がうかぶ、白装束に草鞋履き、赤いたすきに笠かぶり、そんな様子が見て取れた。
やがて宇佐美に向かってくると、老若男女の一行が、髭と尾のような腰布揺らし、鼓、篠笛、鉦を持ち、演奏しながら伊佐美の足元を越えていく。演奏しつつぽんぽんと、飛んで跳ねてと軽やかに。
ちゃんちきちゃんちき、こんちきちん。縦に横にとくるくる回る。
文字通り狐につままれたように唖然としている宇佐美をよそに、一行はあっという間に土手を登り、視界から消えていった。
「なんやあれ」そう呟いて身を起こすと、脇の袋の油揚げが一枚残らず消えていて、代わりに木の葉が詰まっている。
宇佐美は一頻り笑うと立ち上がり、服の埃を払った後、「あんないちびいた狸親父に負けてられへんわ」と己の両頬を叩いて言った。




