姿見裏
眠れない夜が続いていた。夜になると痩せこけた女の幽霊が現れるからだ。
青くぼやけた幻のガラスのようで痩けた頬からはうっすら骨が見えている。
今にも壊れそうで存在そのものが触れられないと訴えかけていた。
中古物件を買ったからなのか、けれどこの場所で誰か、人が亡くなったとは聞いていない。
噂によれば以前住んでいた家主は、仕事中、過度の摂食による心臓発作で倒れたのだそうだ。
なんでもモデル業をしていたとかで、殊更体重を気にしていたという。
その女が私に姿を見せるのは何故なのだろう、取り立てて繋がりがある訳でもない。
単純に世の中に悔いが残っているから、生きている者が恨めしいから、というだけでは無い気がする。女の視線は何も捉えてはいないからだ。
何を訴えかけるでもなく沈黙を続け、虚ろな目つきで有りもしない何かに目を向けている、幽霊に詳しくない私が言ったところで何にもならないが、女は別のものに囚われている気がした。
襲われるわけでもないのでそれ程気にならない。とはいえ、眠れないのにはまいってしまう。
だからベッドの位置を移動した。するとどうだろう、幽霊は現れなくなった。
そこで私は考えた、特定の位置でしか見えないのであれば、そこに何かが有るのではと。
かくして天井の壁紙裏には天井板と鏡が隠されていた。
付け外し可能な板の上に新たに壁紙が貼られ、鏡の存在が忘れられていたのだ。
彼女はきっと、毎夜自分の姿を見つめながら寝ていたのだろう。
自分の姿を毎日鏡に映し、意識し続ければ美しくなれるという噂を信じて。
倒れてもなお、彼女は美しくなりたかったのだろうか。
確かに彼女は美しさを手にしていた、儚げで肉質のない、けして生きているものでは手に入れられない清らかさ。
あの美しさばかりに、目がいっていれば私も虜になっていたかもしれない。しかし、そうはならなかった。
壁紙裏には本来あるべき姿である、萎びた木の根のような彼女の姿が焼きついていたからだ。




