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怪壊塵芥  作者: 黒漆
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痕追いの日


 幽霊が出るという噂の廃墟に入り、橋咲は足元の境目を見ていた。


 今はもうない地下への階段が色の違いから良くわかる。


 防水加工の床は剥げかかって、薄汚れた青から露出した灰の面積が広くなってゆく。


 施設の荒れようが時間の流れを物語っていた。かつてここには科学工場があった。


 今では草や動物、或いは廃墟マニアが訪れるくらいのものだ。どこか上の空のまま、橋咲は腕の時計を目にした。


 もうすぐ時間になる、針が望んだ時間を指し示した時、階段の前に影が現れた。薄墨汁のようなそれは、空気を滲ませ、現れたと同時に頭を上下させながら、コンクリートに吸い込まれるように、今はない階段を降りていった。


 少ししてすぐに次の影が現れ、下を見て動揺したように震え、追いかけて階下へと降りてゆく、次も、次も、繰り返し。



 十数年前、橋咲は工場で働いていた。この階段の下には化学薬品のタンクがあった。月一度の点検の際に、管理体制の杜撰ずさんさから起きた事故で、作業者が警報装置の故障とガスの発生に気がつかず、毒にのまれて昏倒した。


 それに気がついた上司が助けに入り同様に倒れ、さらに二人が犠牲になった。


 橋咲は五人目の発見者だった、倒れている彼らの後を追わず、上司に報告し、対応により空気より重い比重のガスが中和されるまで救助を待った。


 防護服やガスマスクが有る事に気がついた時には、全てが遅すぎた。



 何年経っても心の中に出来たしこりが消えなかった。


 あの時自分も助けに入るべきではなかったのか、同じ場所で死ぬべきじゃなかったのか、きっと彼らは俺を恨んでいる、そんな思いが消えない。


 橋咲きは用意していた花束を置いた、毎年同じ時間になると現れる、かつての同僚だった彼らに手向けるために訪れている。


 影を見るたびに朧な記憶が鮮明さを取り戻す、目を背けることもできたが、橋咲は逃げなかった。いや、逃げられなかったのかもしれない。一瞬にして花束が枯れてゆく、橋咲きは心からすまなかったと叫び、黙礼をした。


 もう一度一礼してその場を離れると、ぽつりと一粒水が落ち、やがて空が泣き出したように本格的な夕立となった。


 潰れかけた枯れ花束の中に、瑞々しいままの花が一本、残っていた。


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