影追い
長い冬が明け、春の日が否応にも私の体を温める。
厳しい冬の間に硬い殻のように私を覆っていた悲しみは、やがて剥がれ落ちてゆく。
落ちた殻は影に変わり、私の傍らで静かに佇んでいた。
影は私とはもう重なれない、触れることもできない。
悲しみに浸りたかった私は、触れようとして影を追った。
遠い日に囲った食卓、一緒に歩いた公園の並木道、時が経つのも忘れられた商店街。
追いかければ追いかける程、私から影は離れてゆく、あんなにも近く、胸に突き刺さっていた悲しみが遠ざかり、痛みが薄れてゆく。
私は嘆いた、体に深く刻み込んだはず、なぜ忘れてしまうのか、なぜずっと傍に置いておけないのか。
だから私は自分を影に近づけようとした。自分を傷つけて、こちらから向うに。もっと深く、消えないほどの傷を体に刻み込めばいい。
影が近づいた。もう少し、もう少しで一体になれる。私の存在が私から離れ、暗闇に飲み込まれようとした時、確かに傍らの影の懐かしく、生々しい姿を見た。
そして、私は飲み込まれる。やっと同じ場所に居ることができる、そう思っていたのに、影はそこには無かった。光がなければ影は生まれない。暗闇の中には何もなかった。
私を支えてくれた人が、奇跡的に私を暗闇から救ってくれた。私はもう二度と、影を追いかけることはない。
影を眺めることができるのは、私が生きているからだ。傍らに立つ影に恥じないためにも、私を掴んでくれた掌と共に生きることを決めた。




