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08.「…………花は駄目だ」


 シェーヌの王城は『黄金の薔薇』とうたわれる。金箔がはられているわけではない。外壁に使われた建材が微細な金色の砂を含み、陽の光を受けると、きらきらしく壮麗な姿を現すがゆえだ。

 城の左翼前方に備えられた騎士団の詰め所。その外れにあたる回廊を、ユーグはけわしい顔つきで歩いていた。新米兵士が出くわしたら半泣きで逃げ出しそうな形相である。


(俺は馬鹿か。あの女が異世界から来たと確認したすぐ後に、あのような勘違いをするとは……)


 胸に渦巻くのは昨日の見合いのことばかりだ。

 久しぶりに女というものを強く意識し、動揺していたとはいえ、花を差し出すという動作ひとつでああまで取り乱してしまうとは。過去の記憶があふれてきたことは言い訳にもならない。騎士として、否、男としてあるまじき大失態である。

 己の未熟さに憤るとともに、繰り返し脳裏に浮かぶのは最後の見合い相手の姿。


(きょとんとした、幼子のような目だった)


 ユーグを責めるものではない、逆に気遣うような黒い瞳が、彼の心をえぐる。その瞳に浮かんでいたものが、いっそ怒りや非難をあらわにしたものであったなら、どれだけ楽だったろう。決して踏みにじるべきでない、可憐なものを傷つけたという罪悪感がユーグをさいなみ続けていた。

 それゆえ苦虫を五匹くらい噛んでいるような表情で隊務にあたっていたので、彼の部下は戦々恐々として一日を過ごすはめになった。不在だった昨日の分の報告をする副隊長も、心なしか語尾が震えていたほどである。ユーグとつきあいが長いにも関わらず、だ。

 そんな誰もが遠巻きにする状態のユーグに、気楽に声をかける猛者たちがいた。


「よ、ユーグ。お前さん、怖ぇ顔してっけど、どうした?」

「まぁ聞かなくてもわかってはいるけどね。ずばり、昨日の見合いのことだろ」


 曲がり角でユーグを待ちかまえていたのは二人の男。

 荒っぽい口調で挨拶をしたのは、燃えるような赤毛を無造作にはねさせた美丈夫、赤騎士・ロジェ。

 からかう調子で言葉を継いだのは、華やかなストロベリーブロンドを背に流した、一見すると美女にしか見えない桃騎士・オリヴィエである。

 体格もタイプも全く異なる二人だが、実はいとこ同士だ。共通するのはいたずらっぽく光る赤茶色の瞳と、女好きで恋多き男であるという点。年齢も同じなためか非常に仲が良く、よくこうしてつるんでいるのを見かける。ユーグにとっては一人ずつでも厄介な相手なので、そろってこられるのは迷惑以外のなにものでもない。


「部隊長ともあろう者が二人そろって、待ちかまえてまで聞くことか? 部下が泣くぞ」

「聞くことだよなー、オリヴィエ! なんせ女嫌いのユーグの、初めてのお見合いだ。兄貴分の俺らとしては何にも勝る重要事項だろ」

「まったくその通りだ、ロジェ。可愛い弟分のことを心配して会いに行ったら、『ユーグ様ならさっきお帰りになられましたよ』と言われ、大急ぎで庭を突っ切ってまで先回りして待ちかまえていた俺らに、ユーグはもっと感謝すべきだと思うね」

「だよなー」

「うんうん」


 ロジェはオーバーアクション気味に手を広げ、オリヴィエは腕を組んで神妙にうなずいている。その息ぴったりの掛け合いに早くもユーグはげんなりとした。だが行く手を阻む赤騎士桃騎士コンビをどうにかしなくては王城から出ることはできない。別の道を使おうとしても、しつこく追撃してくるのは目に見えている。


「誰が弟分だ誰が。……お前ら、俺と二歳も違わんだろう」

「ははっ、ユーグは反抗期だな。さては好きな女ができたな!」

「……なっ! 違う!」

「ロジェ、そんなストレートに言っちゃ駄目じゃないか。ユーグは照れ屋だからな、否定するに決まってるだろう。ユーグがこんなに早く退勤しようとしてる時点で、察しろ」

「はっ! そうか! 今から女に会いにいくんだな! いやぁ、仕事一筋のユーグがこんなに早く帰ろうとしてんのは、おっかしいなーとは思ってたんだよ俺も」

 

 あんまりな断定調で言われて、ユーグの顔色は赤くなったり青くなったりと忙しい。怒鳴りつけたことからもわかるように、ユーグにとってこの二人は『気を許した相手』である。そういう相手にはつい自然体になってしまい、嘘をついたり外面をとりつくろったりできなくなるのだ。

 赤騎士と桃騎士はひとしきりうなずき合った後、声をそろえて言った。


『で、お前が惚れた見合い相手ってどういうタイプ?』


 二人とも目が真剣勝負の時ぐらいマジだ。オリヴィエが軽やかに続ける。 


「賭けをしてるんだよ、賭けを。お前が惚れるのはどんな女か。ロジェは『包容力のあるおねー様系』、俺は『守ってあげたい小動物系』。で、どっちだ? どっちに近い?」


 がくがくと揺さぶられて……それも両肩を二人がかりで、ユーグはとうとうキレた。


「ふざけるなっ! 人を賭けの対象にするとは……そこになおれ! この色ボケ二人組が!」





******





 十分後、三人は中庭のすみっこにいた。

 あやうく乱闘騒ぎを起こしそうだったユーグをなんとかなだめ、説き伏せてのことである。ベンチに腰掛けてぜーはー言ってる彼らを見たら、『七人の騎士』に憧れて仕官した者は辞職願いを出すかもしれなかった。


「よし、俺らが悪かった。悪かったって……ユーグ。だがな、なにもお前さんをからかおうってだけで待ちかまえてたわけじゃなくてだな……。お前さんがすげぇ怖ぇ顔で一日過ごしてるって聞いてな、悩んでるなら相談にのるぜーって言いたくて来たって感じでもあってな……」


 疲れてトーンダウンしつつ諭しているのはロジェである。オリヴィエはどんな時でもからかい癖が出るため、口が回るわりには説得役に向かない。

 そんなロジェをうさんくさいものを警戒する野良猫の目で見ていたユーグだったが、やがてぼそりと口を開いた。


「…………女に謝りに行く場合、どうするべきだと思う?」


 質問するなりぷいっと目をそらす。心なしか頬が赤い。

 ロジェはびっくり仰天した。


(ユーグが! あの女嫌いで冷徹ぶってるわりに全然冷徹じゃなくて素直でもないユーグが、恋愛相談だと!)


 心の中で大絶叫である。だがそこは兄貴分の威厳でなんとか飲み込んだ。むしろ飲み込めなかったのはオリヴィエの方だった。


「うっひょー! やるねユーグ! 初対面で怒らせるなんていったいどんなエロいことしでかし……」

「ちょい黙っとけ! オリヴィエ! 頼むから!」


 桃騎士なだけに桃色発言多すぎのムードクラッシャーないとこに、ロジェはほとんど涙目で叫んだ。赤騎士ロジェは馬鹿っぽい発言が多い荒っぽい男だが、意外と空気が読める。真面目に相談してきた弟分の傷に塩を塗り込むようなマネはしない。


「えーと、だな……ユーグ。謝るっつっても、具体的にどういう状況だったかってぇのは……?」

「……言えるわけがない」

「だよな。まぁ仕方ないよなー、繊細な問題だしな? しかしよー、お前さんがなんかして怒らせた、ってぇ理解で間違いないかどうかくらいは教えてくんねぇ?」


 その言葉にユーグは地面の一点を見つめてしばし考え込んだ。ややあって、慎重に言葉を紡ぐ。


「……いや、俺がなにかをした、という点までは合っているが、相手の女が怒っていたかどうかはわからん。……だが怒ってしかるべきことを俺がしてしまったのは事実だ」


『そ、そんな激しいことを……?』と、どこまでも脳みそが桃色なオリヴィエがつぶやいた。ユーグに聞こえないように小声で言うあたり、この相談事が深刻であるとようやく認識できたらしい。

 ロジェもどう答えたものかと、考えあぐねていたのだが、そこは即断即決で鳴らした赤騎士である。 よし、と一つ手を打つと、びしっとユーグを指差して告げた。


「わかったぜ、ユーグ。男ならここはあれこれ考えるより、行動すべきだと思わねぇか? 

今すぐ速攻で謝りに行って、お前さんの誠実な気持ちを伝えりゃあいいんだよ」

「………………行こうとしたのを邪魔したのがお前らなんだが」

「うっ!」


 男らしく潔いアドバイスをしたつもりだったのに、真冬のごとく冷たい声で返されてしまう。つまるロジェに助け舟を出したのは、小細工を弄することを知っているオリヴィエだった。


「確かに早く行くに越したことはないが、足りないものがあるんだよユーグ。そう、それはプレゼント。お詫びの品と言い換えてもいいが、女性に謝るにはプレゼントが必須なのだ」

「そうなのか?」

「そうとも! 女神に供物を捧げるように、女性へはプレゼントを贈って謝るのが正道というものだと知っておいた方がいい」


 水を得た魚のようにいきいきと語るオリヴィエに、そうなのか……と若干ショックを受けた感じのユーグである。


「……だが、なにを贈ったものかさっぱりわからん」

「女性に贈るものといったら、やっぱり花だね。定番こそ王道さ」

「…………花は駄目だ」

「え? なんで?」


 オリヴィエは目を丸くした。シェーヌ王国では女が男に花を手渡すことには制約があるが、男から贈る分にはなんのタブーもない。花言葉に気をつけるくらいのものである。

 硬い表情で首を振るユーグに、オリヴィエは困ったなぁと綺麗なストロベリーブロンドをかきあげた。


「んー、装飾品を昨日会った相手に贈るのは色々誤解を招きそうだし、だいたい選ぶのが難しいし時間もない。…………残るはお菓子だな。うん、お菓子がいいと思うよ、俺は」

「おう菓子か。うまい菓子屋なら、金羊通りの蜜蜂亭ってとこがおススメだぜ。俺も時々買ってるがうまいのなんの」


 食い物の話題には詳しいロジェもアドバイスに加わった。オリヴィエもうんうんとうなずく。


「良い選択なんじゃないかな。上質の蜂蜜をつかった焼き菓子が『黄金の薔薇』のごとき高貴な味わいって評判でね。俺も王室レベルだと思うよ。ただ問題は……」

「あそこ混んでんだよな。女ばっかりで」

「でもまぁそこはユーグに耐えてもらうしかないね。まぁ、大丈夫だって、たぶん。なにせ売り子のお嬢さん白騎士ファンだって言ってたし! そこは桃騎士って言ってほしかったけどね本人目の前にしてさ!」

「ああ、俺もそれ言われたわ。赤騎士さんが一番好きです、って答えを期待してたのによー」

「…………お前ら自分から『七人の騎士のうち誰が一番好きか』などという阿呆な質問をふっているのか」


 ユーグは信じがたいものを見る表情になったが、赤騎士桃騎士コンビは悪びれず、「いいじゃん別に」「なぁ」とか口ぐちに言っている。この二人をへこたれさせる苦言を呈するのはかなり高難度の技である。ユーグはそれができる人間をこの世で五人しか知らない。


「よし、そうと決まれば善は急げってな! 行けユーグ! 夕日に向かって走れ!」

「金羊通りはここから東側にあるんだが。……いや、別にいい。ともかく、助言に感謝する。菓子を持って謝りに行くことにする」

「ふっふふふ、どこに謝りに行くんだい? ユーグ」

「…………お前らにだけは教えるわけがないだろう。では、失礼する」


 洗練された所作で礼をし颯爽と立ち去るユーグを見送って、二人は顔を見合わせた。オリヴィエは黙ってさえいれば神秘的な美女に見える女顔に、好色なにやにや笑いを浮かべている。


「おい、どうする? 予想していたよりも、かーなーりー面白いことになってて、今後どのようにからかい倒すべきか迷うぐらいなんだが」

「おいおい、ほどほどにしとこうぜ」


 男くさい顔に苦笑をにじませ、ロジェは赤毛をがしがしとかいた。悪ふざけは大好きだが、オリヴィエの目の輝きようを見ているとちょっぴりユーグがかわいそうになる。そう思ったところで『からかうのをやめる』という選択肢はカケラも思いつかない時点で、オリヴィエと同罪なのだが。


「でも、こんな面白いネタ逃す気はないだろう?」

「ま、そうなんだけどな」


 赤ん坊の頃から悪友の赤騎士桃騎士コンビは、にんまりと笑い合う。ユーグが見たら悪夢にうなされそうな、面白いオモチャを見つけた悪ガキそのもののイイ笑顔だった。





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