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06.その言葉するり口からすべり出て

 


 リッカは方向感覚が優れている方だ。一度行ったことがある場所ならば、迷うことなくたどり着くことができる。今もお目当ての場所を目指し、今日来た客とは思えない足取りでずんずん先へ進んでいく。その後を、大人の背丈ぶんくらいの間をあけて、至極不本意そうなユーグがついて歩いている形だ。遠目に見れば、少し微笑ましい構図に見えなくもない。


 春の可憐な花々が咲き乱れる庭園を無言で歩いていた二人であったが、何を思ったのかユーグが口を開いた。背の高い木立が影を落とす石畳の小道に、足を踏み入れた時である。このあたりに来ればもう、屋敷の形も見えず、使用人の耳もない。二人きりだったのは見合いの席からそうだったのだが、木陰に守られたこの場所はよりいっそう内密の話をするのに向いていた。


「……お前が、異世界から来た人間だというのは……本当か?」


 ためらうように、あるいは気遣うように、抑えた声で発せられた問い。

 だがそれに対する返答は、なんともあっけらかんとしたものであった。


「ええ、本当ですよ。私は8年前に異世界から来ました」


 振り向いて、特にこだわりもなく肯定したリッカにユーグはとまどうように眉根を上げた。答える間に二人の距離は縮まって、自然、並んで歩く格好となっている。


「……では噂にもならなかったのはなぜだ? 俺は今まで、王都に異世界人がいるとは知らなかった」

「いや、目立つのはどうにも性分に合わないもんで……。そう言ったら、メイエ所長が色々手をまわしてくださったみたいですね。王立薔薇園の皆さんには別に隠していないんですが」


 異世界から人間がやってくる、という現象は珍しいことではあるが、そういう事が『ある』という事実自体は一般常識として根付いていた。シェーヌ王国で有名な異世界人といえば、50年ほど前にいたとある伯爵の奥方だ。大恋愛の末に結ばれた二人の逸話は、恋物語として人気だったりする。

 別に国を揺るがすほどの大事ではないが、全く噂にならないのも不自然な珍事なのだ。情報操作をしたのだと聞いて、ユーグはようやく腑に落ちた。


「あの、変人だがやり手と評判の所長か……。かなりのタヌキのようだな」

「違いますよ。やり手なのに変人、と言った方が正しいです。それにタヌキだなんてとんでもない。優しくて頼りになる良い上司ですよ」


 人の話を曲解する癖をぬかせば、とは言わぬが花である。

 困った上司のことを思い出して、リッカの顔は自然とほころんだ。苦笑と微笑の間のような、やわらかい表情だった。


 そんな、素直にメイエ所長を慕っている様子のリッカを見て、ユーグはふんと鼻で笑う。


「…………知らないとは幸せなことだな」

「はい? 何か言いましたか?」

「いや、いい。些事だ。そんなことより……」


 声を低め、改めて視線を合わせた。

 身長差がだいぶあるので、どうしてもユーグがリッカを見下ろす格好となる。


「目立ちたくないのならばどうして、この見合いに申し込んだ? 俺に懸想をしているようには、どう見ても見えんが」


 灰色の双眸を鋭い銀色にひらめかせ、冷たく斬り込むような詰問である。

 偽りを許さないピリピリした雰囲気に、あちゃあバレたかー、とリッカは軽く頭をかいた。


「うーん……端的に言うと、手違いの一種ですね。手違いでもなんでも申し込みをして選ばれた以上は、お見合いに来ざるを得なかったというか……」

「は……大方、薔薇園の出資者である母上の不興を買いたくなかった、というところか」

「ご明察です。だいたいその通りでした」

「そうか。なら話は早い」


 皮肉めいた笑みを見せたユーグに、リッカは見合いが早々に打ち切られるのだと判断した。当然だ、と彼女は思う。誰もが白騎士との結婚を真剣に望む中、上司の勘違いという笑うに笑えない理由でここに来た自分は場違いなのだ、と。

 

 だが、まだ薔薇を一緒に見ていないのに見合いが終わるのは、もったいなかった。

 

 こんな特殊な見合いでなければ出会うこともなかったし、これが終わればもう二度と会うこともないだろう騎士様である。もともと見合いには乗り気ではなかったのに、リッカの感情は変わってきていた。ほんの少し会話しただけで、神経質だの意外と押しに弱いだの、様々なことが分かってきて、なんというか、楽しかったのだ。

 

 それが、もう終わってしまう。


 嫌だな、と思うと、口からするりと出てきたのは、自覚する間際の本心だった。


「でも私、たぶん、今はあなたのことが好きですよ」

「…………………………は?」

「とりあえず、珍しい早咲きの薔薇だけでも見ませんか。ほら、もう着きました」


 いくら恋愛沙汰にうとい地味な生活を送っているリッカであっても、こんな短時間でユーグに惚れた、とまでは思ってはいない。ただ、もう少し喋っていたい、と感じる程度にはリッカはこの男に好感を抱いていた。


(なんでかな……なつかない猫とか、そんな風に見えて……どうにもかまいたくなるんだよなぁ)


 木漏れ日の小道を抜けてたどり着いたのは、陽だまりに咲く薔薇の庭。

 水を頭からかけられた猫みたいに呆然とした顔のユーグがおかしくて、リッカはまた少し噴き出した。






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