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05.難題を切り抜けるには定番で

 


 リッカに見合いの順番がまわってきたのは、彼女の予想よりもだいぶ早い時間だった。

 昼は過ぎたが、陽はまだ高い。リッカの感覚で言えばちょうどおやつ時である。


 午前中は許可をもらって庭園探索にいそしんでいたのだが、昼飯をもらいに客間に戻ったらあまりにも人数が減っていたので、午後はおとなしくしていた。呼び出された時にいなくては心証が悪すぎる。


「大変ながらくお待たせいたしました。これよりご案内いたします」


 そう言ってお辞儀をした執事のネームプレートを読んで、リッカは思わず噴き出しそうになった。


(せ……セバスチャン! 白ひげ執事さん、セバスチャンだったのか……。いや……ネタじゃないってのはわかっているけれども……)


 執事といったらセバスチャン、がお約束なのはもとの世界の話だ。

 

 ひくひくしそうな頬に筋力を込めたリッカが連れて来られたのは、庭に張り出す半円形のテラス。大理石でつくられた階段を三段降りれば、緑の芝生に続いている開放的な場所である。


 当然のことだが、そこには先客がいた。

 仏頂面で茶を飲んでいる銀髪の男を見て、リッカは白騎士って騎士服着てなくても騎士っぽく見えるんだなぁと感心する。姿勢が良いせいだろうか。高潔な騎士、という言葉がよく似合う男だと思う。


(まぁ神経質というか……人見知りっぽい気もするけど)


 新参者を警戒する猫のように、ちらっとリッカを見て、ふいっとそらされた視線に思わず苦笑しかけた。


 豪華なアフタヌーンティーセットが盛りつけられている丸テーブルを挟み、白騎士の向かい側に座る。テラスでお茶を、という優雅極まりないシチュエーションである。リッカは所長に叩き込まれた即席テーブルマナーを必死で思い出していた。結論、これは見合いの席なのでひと段落するまでは手をつけないのが無難。


「では、後は若いお二人で」


 古典的なセリフを残し執事がきびすを返すと、給仕をしていたメイドたちもぺこりと一礼し立ち去ってしまった。

 執事が仲人ならば挨拶の段階までいてくれただろうに、とリッカは内心で愚痴る。

 シェーヌ王国では、お見合いとは一対一の魂の交流であり、つまりは初対面の二人きりでどうにかせいという、かなり無茶ぶりなしきたりがあるのだ。


 眉間にシワを寄せたまま、白騎士はしぶしぶ口を開いた。


「……ユーグ・シャルダンだ。この巡り合わせの奇跡に女神への感謝を」

「女神への感謝を。リッカ・サイトウと申します。本日はよろしくお願いします」


 リッカも決まり文句を口にし、名乗る。もともと名前を知っているとはいえ、名乗り合うのは人間関係を作る第一歩だ。しかし相手の男はその先へ進むことを頑なに拒む空気を発していた。苛立ちをふくんだシルバーグレイの瞳はリッカを映さず、その全身からは凍えるような威圧感が放たれている。


(……真冬みたいな空気。そこまで人見知りか。……や、噂では女嫌いなんだったっけ?)


 春のうららかな日差しを帳消しにしてマイナス値にするような雰囲気に、ある意味感心してしまう。普通のお嬢さんならば萎縮して逃げ出したくなるオーラだが、可愛らしい感性を持っていないリッカは平然としたものである。


 だがしかし、萎縮してるわけでなくとも話題にはつまる。なにせユーグが見合いを嫌がっているのは火を見るより明らかなのだ。


(こんな相手に、いったいどうやって、つつがなく見合いを済ませろと?)


 難題だ。

 リッカの脳内データベースは激しくひっかきまわされている。といっても、見合いに関する情報など所長に教わった基礎知識以外は、もといた世界の曖昧模糊としたお見合いイメージしかないのだが。彼女にとってお見合いとは、テレビドラマかマンガの世界の話だったのだ。

 なにせ異世界トリップしてしまったのは高一の時だ。一般庶民の女子高生にお見合い経験のあろうはずもない。


 リッカにとって見合いのイメージとは『日本庭園・ししおどしカコーン・振袖』の三点セットだ。現在の状況は、超豪華洋風ガーデン・遠くから時告げの鐘がカラーン・着ているものはドレス。……あながち外れてもいないかもしれない、と思いなおした。


 続いて古臭いテレビドラマのワンシーンを脳内再生してみる。



『ご趣味はなんですか?』

 スーツ姿の眼鏡君が振袖の女性に問いかける。彼女は控えめに微笑んで、

『……日舞と、お花を少々』



 脳内再生終了。

 ちなみにここでいう『お花』とは華道のことであり、決して土いじり万歳なガーデニングのことではない。

 リッカがこの手の質問をふられたとしても、「お花をがっつり育てるのと品種改良が仕事で、仕事が趣味兼恋人です」と答えるしかないのだが……。


 他に話題が思いつかなかったので、リッカはそれでいくことに決めた。


「ご趣味は、なんですか?」


 相手の素晴らしく通った鼻すじあたりに視線を向けながら問うと、驚いたように目が見開かれる瞬間を目撃できた。そんなにトンチンカンな質問だったか? と脳内で自問自答するリッカ。運命の相手となりえるかを計るために語り明かそうぜ、というのがこの国の見合いのコンセプトなのだから、そう的外れでもないと思ったのに。思わずエア舌打ちをする。ちなみに音は出ない。


「………………剣の鍛錬だ」


 かなり長い沈黙の後、低い声が響いた。

 いやそれは仕事だろ、とリッカは自分を棚にあげてツッコみたい衝動にかられた。危ういところで上品っぽく変換する。


「それは、騎士様にとってはお仕事の一環ではありませんか?」

「……悪いか。仕事が趣味のようなものだ」


 ユーグもばつが悪かったのだろう。

 銀髪が軽く浮き上がる速度でぷいっと横を向き、明後日の方向を見ている。

 その様子が近所にいた五歳児の男の子とだぶり、リッカは思わず噴き出してしまった。


 もちろん慌てて口を押さえたが、後の祭りである。


「…………ほう。ではお前の趣味はいったいなんだ?」


 リッカは知る由もないが、ユーグの外面用の二人称は『君』である。『お前』を使うのは外面が剥がれかかっている証拠なのだ。知っていてもあまり得はない気もするが。


「や、違いますよ。決して馬鹿にしたつもりはなくて……」


 ぶんぶか手をふりながら弁明するリッカを、ユーグはうろんな目で睨みつけている。


「……私も同じなんですよ」

「剣が趣味なのか?」

「いやいやいや、そっちじゃなくて。私も仕事が趣味なんです。薔薇を育てるのと、新しい薔薇を作るのがお仕事で、かつ没頭していられる趣味です」

「…………人のことを笑えた義理か?」

「笑えませんね。まったくもって」


 リッカは苦笑することしきりである。

 そんな見合い相手の女を珍妙な動物を見る目で睨んでいたユーグだったが、ふいに顔を歪めて言い捨てた。


「母上も薔薇が趣味だが……正直、俺はどこがいいのか分からん。女どもは綺麗だなんだと騒ぎたてるし、女神の花として崇められてはいるが……あんな棘だらけの花のどこがいい」


 態度が棘だらけのアナタが言えることじゃないでしょうに、とは言えないリッカである。

 さすがにそこまで正直になっては、見合いを無事に終えられない。


 だから代わりに、一つの提案をした。


「では、薔薇の良さを分かっていただくために、実物を見ながら解説でもしましょうか。午前中の散策で見かけた薔薇がそれは綺麗でしたから」

「なんだと? 薔薇が咲く時期ではまだないだろう」

「おや? ご存じでない? この庭園には珍しい早咲きの薔薇があって、さすがシャルダン侯爵邸だと思ったのですが」


 ユーグは、ぐ、と言葉につまった。

 王都にあるこの屋敷は社交シーズンでない時は、ユーグが主人である。本邸はもちろん領地にあり、一年を通してここに住んでいるのは王城で騎士をしている彼だけだからだ。

 それなのに今日来た客が知っていることを知らないのは、恥である。いくら花や庭園に無頓着で庭師に任せきりとはいえ、管理責任はあるのだ。


「む、無論知っている。……母上が自慢げに話していたからな」


 目をそらし、口ごもりながらの言葉である。

 強がりが見てとれて、可愛いと評する人もあるかもしれなかった。リッカとか。


「では、天気もよろしいですし、お散歩と参りましょうか」


 リッカはこれまたドラマで聞きかじったお見合い定番セリフを、満面の笑みで口にした。







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