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23.「さて、計画を煮詰めていこうか」



「俺は反対する」


 ユーグは銀色の炎を瞳に揺らめかせて、眼前の人物たちを等しくにらみつけた。


「みすみす罠にはまりに行くようなものだ。そのような危険をおかしてたまるか」

「危険を『おかす』ことではなく、危険を『おかさせる』ことが嫌なのだろう。ユーグ・シャルダン」


 揶揄するようにつぶやいたのは青騎士セルジュ・デュノアである。

 常に人を見下しているような冷たい光をたたえたサファイアブルーの双眸を細め、口元は冷笑の形に歪んでいる。


「よほどリッカ・サイトウとやらにご執心のようだが、己の本分を忘れてもらっては困るな。騎士団の名折れだ」

「俺が言っているのはそのようなことではない。そこまで証拠がそろっているのならば、国王陛下の御名のもとに正式な調査を行えばいいことだろうが」


 憤然と机を平手で叩いたユーグに、セルジュはしらけた眼差しを向けた。

 険悪すぎる雰囲気にようやく嫌気が差したのか、それまで沈黙を保っていたメイエ所長がハァとため息をつきつつも取り成しをする。


「……青騎士殿も『とある貴族の家』などとぼやかして言わないでほしいね。ただ一つの例外を除いては、まったくもって白騎士殿の言うとおりなのだから」

「…………まさか」


 珍しくも心底疲れきった表情をしている天敵の言葉に、ユーグの脳裏には嫌な予想がひらめいた。


「そう、そのまさかだ。今回調査すべき貴族は……つまりリッカちゃんを呼びつけている貴族は、前ブルシュティン公妃アグネシュカ様なんだよ」


 11年前、ドゥルリアダ王国にブルシュティン公国が占拠されるまでは公妃のティアラをその頭上にきらめかせていた女性の名に、ユーグは苦味をともなう納得を覚えた。

 現在もシェーヌ国王フレデリクがブルシュティン公を兼ねていることから分かるように、ブルシュティン公国自体はいまだに存続している。ブルシュティン公家に跡取りの男児もいない以上、吸収合併すべきだという意見もあるのだが、公国を消滅させるには猛烈な反発が予測されるため現状の維持が大勢には支持されていた。

 そんな微妙で危うい均衡の要が、前公妃アグネシュカである。

 悲運の公妃としてブルシュティンの民の思慕を一心に集めるアグネシュカに対しては、いかなシェーヌ国王といえど細心の注意を払わざるをえない。

 アグネシュカが不当に扱われているとでも噂が立てば、民族大暴動につながりかねないからだ。


「我が輩の影たちがつかんだ情報を総合すると、アグネシュカ様の城館に多くの子供たちが運び込まれた、というのは間違いないよ。ただ、いくら名無しの影が館に潜入して探してみても、子供たちがいたという痕跡すら見当たらない。……邪術が用いられた、と考えるのが順当だろうね。こんな時こそ神官の出番だ。けれどもね……」

「神官による調査というのはとかく時間がかかる。まる一日は神官が敷地内にいられる名目が必要だ。その名目がリッカ・サイトウを連れて行くことで得られる。ここまで説明してもまだ難色を示すか?」


 セルジュは底冷えする青の瞳をユーグに向け、愚か者に言い含めるように問いかけた。

 先刻からユーグが反対意見を表明しているのは、青騎士セルジュがもちこんできた作戦に対してである。行方不明になった子供が運び込まれたと思しき館の所有者が異世界人であるリッカを館に招きたいと言っているから、それに乗じて潜入調査を行うべきだ、という案だ。

 その『とある貴族』が前公妃アグネシュカでさえなければ……。

 ユーグはぎり、と唇をかみしめ、低くうなる。


「……なぜアグネシュカ様がリッカに興味を示した?」

「表面上は俺が話をもちかけたからだな。裏ではアグネシュカにドゥルリアダ国王の指示がいっているのだろうよ」


 ユーグは射殺せそうな視線でセルジュをにらみつけた。

 拳をわななかせ……あふれそうになった罵声をこらえている。ユーグにも分かっているのだ。これは敵にとっても味方にとっても、用意された茶番であると。

 怒りを無理やりに飲み下して、ユーグは危うい問いを投げつけた。


「アグネシュカ様の長年の愛人であるお前が、裏切っていないという保証はどこにある?」


 苛烈な問いを、セルジュは鼻で笑った。


「あんな気の触れた女のために裏切って、俺になんの得がある? 愛だの恋だの、女への義理立てだの、ふやけたことを考えるような男は貴様か赤騎士ぐらいだといい加減に理解しておけ」

「このっ……!」

「はーい、はいはいはいはい! そこまでにしてくれるかな! 白騎士殿と青騎士殿の仲が最悪なことは有名だけどね、ここまで空気悪いとさすがの我が輩もぶち切れそうだよ」


 両手をぱんぱんと打ち鳴らして、メイエ所長はにこやかに笑った。それはもう朗らかな笑みだが、紫の瞳はちっとも笑っていないのでひたすら怖い。

 この三人だけの秘密会議は、真夜中の王立薔薇園で開かれていた。前にアルシバルたちの過去が語られた会議室と同じ部屋だ。燭台にゆらめく炎が、微妙に離れた場所に二等辺三角形を作って座っている参加者たちの顔を、白く浮かび上がらせている。


「我が輩の意見を言わせてもらうけどね、今回のはシェーヌとドゥルリアダとの知恵比べなんだよ。敵さんはブルシュティンの前公妃サマをたらしこんでいる。我が輩たちはその強力なカードを、自国の名誉を損なわずに無力化したい。そのためには前公妃サマのお屋敷に運び込まれた子供たちの行方を探り、邪術のカラクリを暴き出す必要がある。ここまで異論はないね?」

「……わざわざ人を誘い入れるからには、あちらはカラクリを隠し通した上でリッカをさらう算段を立てているということだろう」

「そう。だからこそ我が輩たちも、とっておきの反則技を使わせてもらうのさ」

「反則技だと?」


 片眉をはねあげたユーグに向かって、王立薔薇園の主は嫣然と笑ってみせた。


「まず、騎士のカードは始めから二枚用意する。アグネシュカ様気に入りの愛人である青騎士殿と、リッカちゃんの仮初めの恋人・白騎士殿」


 シェーヌ王国で広く親しまれているカードゲームのルールでは、騎士のカードは一枚しか持つことはできない。重大な作戦をゲームに見立てて言う女狸に嫌悪を感じつつも、ユーグは黙って説明の続きを促した。


「そして神官のカードには、見習いクラスの仮面をかぶった主席神官クラスを同行させる」

「なんだそれは」

「ギー・グラッセ」


 名前を言えば顔が浮かぶ、珍奇で有名な変わり種神官の姿が思い出されて、ユーグは苦虫を噛み潰した表情になった。セルジュにいたっては不機嫌そうに眉間にシワをよせている。どうやら聞いてはいたが、本意ではないようだ。


「…………あの男が……実は優秀だと?」

「国王陛下の秘蔵っ子だね。伏せて伏せて伏せてから使う、反則技の隠しカードだよ。神官の本分は調査と分析。その上でつつがなく祭祀を執り行うのがお役目。シェーヌ国内にあまねく女神ロゼルディーアの神力が不自然に乱されている箇所を、ギー・グラッセならば一人で見つけ出せるだろう」


 にんまりと口を三日月型にしたまま、メイエ所長は不機嫌面の騎士二人に続けた。


「さて、計画を煮詰めていこうか」




******




 朝露に濡れた草を踏みしめて、ユーグは早朝の白いもやの中を歩いていた。

 頭上で鳴きかわす小鳥の声までが無駄に爽やかで、数刻前までの陰謀に満ちた会議とは別世界に来たような心地さえする。

 すでに歩き慣れた小道を通って、腰の高さまでしかない鉄製の門を開けるとそこはもう目当ての場所だ。

 何千もの鉢植えが列をなす、新種となりえる可能性を秘めた薔薇の園である。

 まだ若い苗木には初々しい緑の葉が茂り、膨らみかけたつぼみが見受けられるものもある。五の月も半ばだ。気がつけば、さんざんだった観劇の日より十日近くがたっていた。

 ユーグは騒がしいがそれなりに平和だった日々に終止符が打たれることを思い、眉根を寄せる。リッカを王立薔薇園から離し、怪しさ極まる敵の根城へ連れて行かねばならぬという事態に改めて唇をかみ締めた。

 と、そんなユーグの耳に、能天気な声で構成された物騒なセリフが聞こえた。


「捕殺!」


 思わずこけそうになってから、ユーグは苦い表情のまま声がした方へ歩み寄る。

 薔薇の若木が作る列をのぞきこむと、思った通りの人物がうずくまるようにして作業を続けていた。


「毎度言っていることだが……なんとかならんのか、その掛け声は」

「あっ、ユーグ。おはようー。無理無理、この掛け声じゃないと効率落ちるから」


 手袋で捕らえた青虫を、薬液を満たしたバケツに入れながらリッカが振り向いた。野良着姿で、今日は朝からつばの広い麦藁帽子をかぶっている。朝の見回りと害虫駆除に精を出していたようだ。

 妙齢の女らしくはないが、リッカらしい言い分がいつも通りに過ぎて、ユーグは難しい顔のまま問う。


「明日には貴族の館へ潜入捜査に行くことは、わかっているのだろう?」

「うん、知ってるよ」

「……今回も囮役をさせられる件について、恨み言があるなら聞くが」

「あっははは。ユーグはいつも真面目だね、疲れない?」

「茶化せる問題でもないはずだ」

「んー、まぁ、そうだけども」


 よいしょ、と腰に手をやりながらリッカは立ち上がって、そのままの勢いで反り返るような伸びをした。青空へと斜めに突き上げられた右手も思い切りよく伸びる。


「うーん、ぐぬぬーっと……よし。おおう、今、肩がばきって言った」

「年寄りか、お前は。……思うことがあるなら今のうちに言っておけ。作戦が始まってからやめることはできん」

「忠告ありがとう。でも大丈夫だよ。今回はちゃんと『行ってもらえるかい?』って所長に確認されて、自分の意志で受けたんだから」

「上司からの命令のようなものだろう」

「んんー。でも私も人並みには人並みな感性を持ってるつもりだから、気になるんだよね」


 リッカはスッと力を抜いて腕を下ろすと、かすかに真剣な面持ちを作った。

 黒い瞳がまっすぐにユーグを射抜く。


「…………消えた子供たちの行方が」


 思いもかけぬ視線の強さに、ユーグはわずかながらたじろいだ。首をひとつ振り、重々しく口を開く。


「……お前とは縁もゆかりもない者たちだろう。それでも危険をおかす選択をしたのならば、人並みの関心からとは言えまい」

「えーと、まあそうなんだけどね。そう難しい理屈を考えたわけでもなくて……ただ子供たちを発見できる可能性があるのに動かなかったら、あとで罪悪感にさいなまれそうだなぁとか……結局は自分のためというか、そんな感じで」

「お前の言っていることは、いちいち要領を得んな」


 これみよがしに嘆息してみせて、ユーグは腕組みをする。あきれたようにリッカを見下ろす視線はどこまでも苦々しかったが、そこに微量の温かみが混じっていたため、他者を凍りつかせる氷の視線にはなっていない。

 それをなんとなく感じ取ったのか、リッカは照れくさそうに頬をかいた。


「あはは、自分でもよく分かってないからね……。おっしゃるとおりで」

「ドゥルリアダと通じていると思しき貴族の館へ、怪しげな招待を受けて行くんだぞ? もう少し危機意識を持て」

「あ、そこのとこで聞きたいことがあったんだ。所長にも聞いたんだけど、貴族のことは貴族に聞いてみるといいって言われたから」

「……いったいなんだ?」

「降霊会って、貴族の間ではお茶会並みに当たり前なことなの?」

「そんなわけがあるか。……言っただろう、『怪しげな招待』と」


 こめかみが引きつっていることを自覚しつつ、ユーグはリッカの問いに答えた。リッカの疑問ももっともなのである。前公妃アグネシュカが愛人である青騎士セルジュを介してリッカに持ってきたのは、降霊会への招待状だったのだ。しかも館へ一泊せよという、なんの面識もない一庶民に対して、常識外れな条件までつけている。


「見ず知らずの人に『降霊会にいらっしゃい』って来るからには、貴族の間ではそれなりに一般的な行事なのかと」

「そんなものが一般的なのは、貴族の、ほんの一部の女どもの間でだけだ。俺は参加したことはおろか、見たことさえないぞ」

「へぇ、そっか。まぁ占いとか好きなのは女性、って相場は決まってるけどね」

「そういった怪しげなまじないをしている貴族の女が、邪術を介してドゥルリアダと通じているのではないかと、セルジュ・デュノア……俺の同僚が探っていたんだ。ままごと遊びのような儀式しか見つかってはいないらしいが、今回のものもそうとは限らん。むしろ邪術そのものに巻き込まれる可能性すらある。……任務を拒絶するのならば、今のうちだ」


 厳しく銀色の瞳をすがめるユーグに、リッカはへらりとした笑みを返した。小さな子供を微笑ましく見守る母親のような、緊張感のない笑みである。


「でも、もう決めたことだから。……危なくなったら、逃がしてくれるって信じてるよ、騎士様」

「お前は本当に、どこまでも緊張感に欠ける女だな」


 これ以上言っても無駄だと悟って、ユーグは長々と息を吐いた。毎日顔を合わせていれば、リッカが意外に頑固だということぐらい分かる。一度こうと決めてしまえば、てこでも動かない。

 まったくしょうがない奴だと思いながらも、ユーグはひとつだけ釘を刺しておくことにした。作戦に参加するからには、絶対に外すことのできない忠告だ。


「ひとつ言っておく」

「へい、なに?」

「……同行する青騎士セルジュ・デュノアという男についてだが……」


 ユーグはこれ以上なく眉間に深い皺をよせて、苦々しく断言した。


「嫌味と冷笑でできているような男だ。だから奴の言うことにいちいち傷ついたりするんじゃないぞ」




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