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17.紫の髪はすごいねインパクト

 


 ユーグが拉致るようにして、リッカを王立薔薇園から連れ出したのにもわけがある。例によって例のごとく、恐怖の女ダヌキことメリザンド・メイエ所長の差し金だ。ユーグ率いる白部隊は王立薔薇園に常駐するにあたって、使用人棟のひとつを根城にしているのだが、数日前、メイエ所長は真夜中という非常識な時間帯にそこを訪ねてきた。


『やあ、君。気の利かない男代表の白騎士殿。ちょっとリッカちゃんをデートに誘いたまえ』

『…………今がどういう時期だと思っている?』 

『もちろん、抜き差しならない時期だと思っているとも! だがしかし、今こそ攻めの姿勢が必要なのだ。王立薔薇園に関しては敵さんに動きがないからね、ここらでひとつ罠をはってみようかと思うのさ』

『つまり、リッカを囮にして敵を誘い出すと?』


 すう、とユーグの双眸が細まる。灰色の瞳は鋭い刃の輝きを帯びて、剣呑な光を放っていた。

 メイエ所長は窓枠に腰掛けたまま、肩をゆらして笑う。


『はは、嬉しいことだね。こんな短期間で、白騎士殿がそこまでリッカちゃんにご執心になるとは。殺気がびりびりと来るよ』

『ふざけるな。俺は王命を受けて、あいつを守っている。危ない賭けをするつもりはない』

『我が輩も王命を受けているよ。ドゥルリアダを出し抜くというね。……そのためには少しは危険な賭けをするお許しももらっている。裏の駆け引きにおいて、我が輩の権限は白騎士殿よりも上だ』


 正論をつむぐメイエ所長に、ユーグは黙り込む。腹の底でくすぶっている不快な怒りを感じながらも、彼は沈黙せざるをえない。


『もちろん二人っきりのデートというわけじゃない。名無しの影を幾人もつけるよ。それもとびきり腕の立つ奴をだ。体制には万全を期す。……それとも、ちょっとの危険にもリッカちゃんをさらすことが我慢ならないのかい? それほどまでにリッカちゃんを愛しちゃってるのかい?』

『……そんなわけが、あるはずがないだろう。わかった、作戦に参加する』


 こんな会話が交わされて、今回の観劇デートとあいなったわけである。




******




 絶賛不機嫌オーラを出しまくっているユーグと、かわいた笑みを浮かべたリッカは役者控室に来ていた。芝居は終わったのである。

 歴史を題材にした劇は数多いが、ヴィヴィアンヌ女王と異母弟アルベール1世の恋愛ものをここまで堂々と取り上げた劇はこの一座が上演しているものが初めてだ。今年の始めにとある歴史学者が発表した学説は、ヴィヴィアンヌ女王は正妻の子ではあるが、不義密通の結果の子どもであるため肝心の王家の血を引いていなかった、というものだった。つまりヴィヴィアンヌ女王とアルベール1世は赤の他人。血の繋がりなどなかった、ということになる。

 タブーとされる要素が減ったことで、新進気鋭の脚本家が筆をふるった、というわけなのだ。


「……それで、お前はどう説明するつもりだ? アルシバル」


 ユーグが鋭い眼光を向けるのは、相も変わらず派手な舞台衣装をまとっているアルシバルである。劇でのアルシバルの役は狂言回しといったところで、アルベール1世の忠実なる友の亡霊を演じていた。派手な衣装は古風な騎士服だ。紫色の髪とアルシバル自身の不思議な存在感とあいまって、亡霊役はぴたりとはまっていた。

 お前はいつ役者に転向したのだ、とユーグの眼光が語っている。泣く子の涙も凍りつく白騎士のお怒りモードに、耐性がついたはずのリッカさえ少し青い顔になった。だがしかし、肝心のアルシバルは小揺るぎもしない。


「この一座に不穏の影あり。調べるべし、との下命を拝したのだ」

「……潜入捜査というやつか。悪かった、アルシバル」

いな。調査はすでに別口で済んだ。われが劇に加わりしことは、単なる趣味と呼んで相違ない」


 いけしゃあしゃあと言い放たれた言葉を聞いて、ユーグのこめかみに青筋が浮き上がる。


「お前……お前という奴は……っ」

「まず我に潜入捜査が務まるという思考じたいが笑止千万。この紫紺の毛髪を見よ。紫騎士アルシバルであることが一目瞭然ではないか」

「斬るぞ。いや、そもそも斬られることを覚悟で言っているんだよな?」


 ユーグは剣の柄に手をかけた。たとえ厳罰に処されようとも、こいつはここで斬り捨てておかねばなるまい、そんな覚悟の上である。


「貴公と勝負できるとは、願ってもない」


 アルシバルも乗り気なのか、あっさりと立ち上がる。

 今にも斬り合いが始まりそうな雰囲気に、慌てたのはリッカだ。


「ちょ……ちょっと待とう! ユーグ、落ちついて。どうどう」

「俺が悪いのか? 今の会話を聞いて、俺が悪いとお前は断言できるのか!?」

「い、いやぁ……そちらの方の言動もたいがいアレだけども……」

「だろう!? なら止めるな!」


 怒鳴りつけられてもリッカはひるまない。冷や汗を流しながらもユーグの腕にしがみついたまま、顔を横にぶんぶか振っている。流血ダメ絶対、と繰り返し唱えているのが聞こえた。

 そんな傍目にはいちゃついているように見えなくもない格好の二人に、淡々としたアルシバルの声がかかる。


「ふむ、ところでその女人は何者だ?」


 思いもよらない質問を投げられ、ユーグの動きがぴたりと止まった。怒りで沸騰していた頭のまま、動揺しつつも答える。


「……い、言わずとも分かるだろうが。アルシバル、お前もロジェたちに噂話を散々吹きこまれていただろう」

「否、分からぬ。我は同僚の噂話などに興味はない。聞いた端から忘却の彼方に消失している」


 そういえば、こいつは他人の恋愛話なぞにカケラの興味も持たない男だった……とユーグは思い出した。これが赤騎士桃騎士コンビだったら何も言わずともリッカの素性を悟り、質問攻めにしているだろうが、紫騎士アルシバルは人とは違う次元で生きているのだ。噂話からユーグのそばにいる女の正体を察知しろ、と言うのは通じない。

 では言わなければなるまい。

 ユーグはごくり、と喉を鳴らした。


(そもそも俺は馬鹿な噂を消すためにも、リッカと交際しているという振りを他人に見せなくてはならない。これは、好機ではないか)


 そうは思っても、いざ自分からリッカを恋人だと言おうとすることは、ユーグの体温を更に上昇させた。見合いをして、ここ数日はずっと王立薔薇園にいたし、その中にいる限られた人間やユーグの部下は何も言わずとも了解してくれていた事柄だったからだ。

 偽りとはいえ、誰かにこれは自分の恋人だと説明するのは、初めての体験である。色恋沙汰を意図的に避けてきたユーグにとって、かなりの難業だった。


「こ、こいつはだな……俺の……」

「俺の?」


 アルシバルは小首をかしげて続く言葉を待っている。なにか魔性のものを連想させる紫色の瞳が、天敵メリザンド・メイエと同じ色合いであることに気づいて、ユーグは更に苛立つ。余裕綽々な態度で人を振り回すのが上手いところまで、似ていなくもない。


「俺の恋人だ」


 腹立たしさに身を任せて、ユーグは一息に言った。完全にやけっぱちだ。白皙の顔は真っ赤に染まり、血圧が上がり過ぎて倒れるんじゃないかと危ぶまれるほどである。もちろんすぐ隣にいるリッカの顔など見れない。恥ずかしくて。

 対するアルシバルの反応は静かなものだった。ふーん、そう、ぐらいのものである。相変わらずの無表情のまま、紫の目を初めてリッカに据えた。


「お初にお目にかかる。我はアルシバル。シェーヌ君主フレデリク王より、紫騎士に叙されている。我のことを話す時は『紫電纏いし断罪の剣士』と呼んでくれ」


 どう反応したものか微妙すぎる自己紹介らしきものをされて、リッカはうろたえた。とりあえずつかんだままだったユーグの腕から手を放し、お辞儀をしてみる。日本人の身にしみついた習性と言おうか、偉そうな態度の人にはきちんとお辞儀しなくてはいけない気がするのだ。……先ほどのユーグの恋人宣言に動揺していたというのもあるが。


「ええっと……私はリッカ・サイトウと申します。王立薔薇園で薔薇を育ててます」

「ふむ、了解した。だが同僚の伴侶候補と知遇を得るのは初であるからして、どうにも勝手がわからぬ。同僚と同格程度とみなして相対しようかと考えるが、異存はないか?」


 同格っていったいなんの格だろー、と思ったが、リッカは言わないでおいた。こういう御仁にはツッコミをいれたら負けだと、メイエ所長で学習済みだからだ。


「ええと、はい。それで異存ないです」


 とりえあえず無難と思われる答え方をしたリッカである。断って問題が起こるのが嫌だったためだが……。アルシバルは予想もつかないことを言い出した。


「よし、ではまず雌雄を決しようぞ。いざ尋常に勝負」


 すらりと剣を抜き放つアルシバル。呆然とするリッカ。

 そんな二人の間に割って入りながら、ユーグはひくつくこめかみを押さえていた。押さえていないと血管が切れそうだったからだ。


「アルシバル……お前、まさか本当に剣も持っていない女と勝負しようなどと考えていないよな?」

「否。我は冗談など言わぬ」

「お前は馬鹿か? こいつのどこが強そうに見えると言うんだ?」

「真の猛者は外見からでは強さを推し量れぬものだと言う」

「よし、理解した。お前は本物の馬鹿だ」


 怒りのまま断言したユーグの背に、呆然としたままのリッカの声がかかる。


「……もしかして『同僚と同格』というのは強さ的な意味合いってぇことで……?」

「もしかしなくともそうだな」

「ユーグと同格だと勝負を仕掛けられるってことは、ユーグはアルシバルさんより強いってことかな?」

「ああ。俺の五十六勝だ」


 その言葉にアルシバルが素早く反駁した。


「否。貴公の五十五勝一引き分けだ。最初の試合では勝負はついていない」

「あれは試合続行が不可能だったお前の負けだろうが」


 ユーグにしてみれば、いくらアルシバルが天才剣士であろうが七歳も下の相手だ。負ける方が有り得ないと思っているのだが、紫騎士はそれが納得できないらしい。事あるごとに勝負を挑んでくるから、これもその一環なのではないかとも考えられた。


「剣を納めろ、アルシバル。俺と戦いたいのならば、正式な試合をいくらでもしてやる」

「ふむ、そうするか。今思い出したが、時間も皆無だからな」


 いまいち何を考えているか読めない無表情のまま、やけにあっさりとアルシバルは剣をしまった。まるで剣を抜いたのも冗談の一種だったかのようだ。


「時間がないだと? なにかあるのか?」

「肯定する。そういえば桃騎士オリヴィエが芝居のあとに訪問してくると言っていた。時間に不実な奴めでも、そろそろ来る頃合であろう」


 その言葉の威力は絶大だった。

 ユーグは銀髪の一筋まで凍りついたかのように硬直し、顔面蒼白になる。信じたくない事柄を無理やりつきつけられた者特有の余裕のなさで、ぶるぶると口を開いた。


「お、オリヴィエがここに来るだと……?」

「我はそう言っている。非番になる時間を利用して、女優と逢瀬をする腹積もりなのだ。我はその手引きをすることで、奴と再戦を約している」


 どうやら今のところ、アルシバルには同僚である七人の騎士全員が打倒すべき目標であるらしかった。最年少騎士は下剋上に余念がない。


「…………逃げるぞ、リッカ」

「……へ?」


 厳かな声で告げると、ユーグはリッカをほとんど背負うようにして逃げだした。疾風のような素晴らしいスピードである。リッカと一緒にいる……しかもデート中のところに桃騎士と出くわしたら、どんなからかいを受けるか、よーく理解しているゆえの行動だ。

 死ぬほどからかい倒されたあげく、事実の100倍は誇張した噂話を流してくれること請け合いだ。白騎士は恋人を目に入れても痛くないほど熱愛してるとかなんとか、王都じゅうに広まりかねない。

 そんなユーグの危惧が、けっして被害妄想の類でないということが桃騎士の恐ろしさであった。



******



 ばたんっ、とドアがしまり、取り残されたアルシバルは小さく息を吐いた。

 感情のない紫の双眸を細め、なにかを思案するようにつぶやく。


「ふむ……こんなものだろう。恋人だと宣言はしたが、難敵である厄介な同僚からは逃亡。……姉上は落第点をくだすであろうな」


 どこまでも無感動な声で分析しながら、アルシバルは控室の壁に立てかけられた鏡を見た。これはアルシバルが持ち込んだ私物だ。高価な輸入品で、ガラスと水銀を使った映りの良い鏡である。

 前髪を持ち上げて観察すると、不自然な紫色の髪の根元にほんの少しだけ、輝くような黄金が見て取れた。本来、アルシバルは姉と同じ髪色をしている。目の色も同じだ。


「ふむ……そろそろ染色し直さなくては」


 目立ちすぎる紫の髪は、逆にアルシバルにとって有利に働いた。髪を隠すか、染め変えるだけで紫騎士とばれないことが多い。隠密で動く時に非常に便利だ。

 鏡の横に置いてあった脚本が目に入り、アルシバルはかすかに眉根を寄せた。いつも無感動な紫騎士には珍しい、不快をにじませた表情である。

 この脚本こそが、この一座が怪しいと思われた原因だった。結果として一座じたいはシロであったものの、脚本には疑いようもなくドゥルリアダの息がかかっている。むろん『その部分』は改変させたが……。


「……ドゥルリアダの王はよほどの暇人と見える」


 あいかわらず平坦な声ではあったが、微量の毒を含んだ言葉だった。

 独り言は、中空に溶け、なんの痕跡も残さずに消える。アルシバルの胸中を誰も知り得ぬように、誰にも聞かれることはなかった。




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