表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/28

15.「ユーグ、お前の恋人だな」

 


 シェーヌ現国王フレデリクはその場にいるだけで全ての者を支配する。黒貂の毛皮で裏打ちされたマントを背に、悠々と座しているだけで、誰もがひれ伏さずにはいられない風格があるのだ。傲慢なまでに偉そうで、それが似合う男なのである。

 父王の死と共に二十歳で即位して、今年で治世十五年を迎えた。覇気のみなぎる双眸はシェーヌ王家特有の光の強い金色。髪もまた黄金である。華やかさに男盛りの色気を加えた王には、愛妾が何人いようと不思議ではないのだが、正妃イオシフィナ以外には目もくれないともっぱらの評判だ。《愛と結婚の女神》ロゼルディーアの御心に沿う国王夫妻は、国民の敬愛を集めている。


「余の流儀だ。本題に行くぞ。ドゥルリアダがこそこそと姦計をめぐらせている」


 面白くもなさそうに告げ、傲岸に顎をそらす。既婚男性の証である左耳にのみつけた耳飾りが、じゃらりと音を立てた。金細工の輪とサファイアを豪奢に連ねた耳飾りは、妃と対をなすものである。結婚のしるしとして夫婦が対の耳飾りを持つのがシェーヌの風習であったが、普通は耳たぶからはみ出さぬ程度の簡素なものをつける。現に王の左隣にいる騎士団長も既婚者だが、ごく小さな宝石が一粒だけの耳飾りは控えめで目立たない。

 

「ひと月後の女神聖誕祭でなにか仕掛けるつもりらしい。それに向けて国内に潜む裏切り者の動きが活発になっている。王立騎士団の急務は、裏切り者を洗い出し、ドゥルリアダ王国の計略を打ち砕くことだ。……リシャール、あれを」

「御意」

 

 鷹のように鋭い目をした騎士団長リシャールは、無駄のない動きで立ち上がった。黒髪に白いものが混じり始めた年齢だが、年を経るごとに剣技は磨き抜かれ、国一番の剣士の座を若造に譲り渡すことはない武人である。

 彼の手には巻き物のようなものが握られていた。王宮にあるにふさわしくないほどボロボロのそれは、ひどく不吉な存在感を放っている。


「昨夜、ブロー男爵家から押収された品だ。ドゥルリアダが邪術に用いる古代文字が記されており、割符の役割を果たすという」


 はらり、と開かれた布には幾何学的に組み合わされた、どこか絵のような文字が踊っている。ユーグたち騎士も見たことがあった。戦場でドゥルリアダ兵と剣を交える時、位の高い指揮官の鎧などに似たような文字が彫り込まれていたのだ。

 円卓の間にいるのは部隊長である『七人の騎士』と騎士団長。王の筆頭書記官をのぞけば、全員が剣でもって王に忠誠を誓う剛の者たちである。これしきのことではみな、いささかの動揺も見せない。


「内々にしていたが、ブロー男爵家が裏切り者だということは以前からつかんでいた。ただドゥルリアダにとっても使い捨てに過ぎない下級貴族ゆえ、泳がせていたのだ。だが有益な情報が得られない。高位の連中に売国奴がいるのは間違いないが、容易にボロを出さん。……祭りをひと月後に控えたこの時期になって、調子づいてきたのか昨日だけで二つの事件があったからな。いったん裏切り者どもの一部を粛清し、あとの連中の反応を見ることにした。余の手足、王立騎士団にはせいぜい華々しく動いてもらう」


 にやり、と獰猛というのが一番しっくりくる笑みを浮かべた国王に、場の空気がいっそう引き締まった。王立騎士団の幹部のみが集められた御前会議では、どの騎士にも等しく発言権が与えられている。挙手をして、許しを得てから立ち上がったのは最年長の緑騎士ミシェルだった。


「二つの事件に関しても、ドゥルリアダの策謀の一端とお考えでしょうか?」

「そうだ。だが、確信はしているが、確証はないな。王立薔薇園の襲撃にせよ、密輸事件にせよ、証拠をつかませるほど奴らも間抜けではあるまい。盗賊も奴隷商人も、金さえ積めば依頼主が死神だろうと気にはせんやからだが……仲介者がいて、ドゥルリアダの名さえ連中は知らぬようだ」

「国の権威を貶めるため、と考えれば王立薔薇園への襲撃はまだわかるのですが……」

「ミシェルは奴隷商人に依頼した者を探っているのだったか。大本をたどっていけば、裏切り者の貴族にいきつくと思うぞ。まあ捨て駒の下級貴族だとは思うがな」

「子供をシェーヌ国内に密輸して、ドゥルリアダになんの利益があるのかわかりかねます。意図がまるきり読めません」


 言葉こそ困惑している風だが、いつも通り端然とした様子の緑騎士の発言は、その場にいる大部分の者が考えていたことを代弁していた。国王はくく、と肩をゆらして笑う。不敵に過ぎて、悪党のような笑顔だ。


「全くもってその通りだ。だが、案外こちらを混乱させるのが狙いかもしれんぞ? なにせドゥルリアダ国王は変態だからな、真人間には理解しかねる。情報がそろわぬ以上、意図は見えてこぬと思うぞ」


 言って王は手元の書類に指をすべらせた。ユーグが報告書としてまとめた王立薔薇園の事件と、アルシバルとミシェルが提出した密輸事件に関するものである。会議の始めでおおまかな報告がされていたが、本当の機密事項については触れられていない。それが騎士団長がユーグに出した指示だったからだ。


「それ以外に疑問はないな? ……では当面の配置を言う。アルシバル、ヴァルテール」

『はっ』


 声をそろえて礼を取った二人は暗い色調の騎士服をまとう。紫と黒。少年のように華奢なアルシバルと、筋骨たくましい巨躯のヴァルテール。奇行の多い紫騎士にも動じない黒騎士ならば組んでもうまくいくだろう。


「港周辺の巡回を強化せよ。あやしげな船と商人の取り締まりをまかせる。賓客を迎える玄関口だからな、ひと月後までに掃除をしておけ」

「御意」

「承知いたしました」


 恭しく命令を受けた二人が着席したのを見届けて、国王は別の二人に視線を投げる。


「ロジェ、オリヴィエ。歓楽街と下町を中心に探りを入れろ。治安が悪い地域にこそ裏切り者どもが暗躍する場がある。治安維持に努めると共に、地下組織をつぶせ」

『仰せのままに』


 最上級の礼をする仕草も声も、ぴったりとそろっている。いとこ同士の悪友コンビだ。二人で百人力ぐらいの働きをするから組ませるのは理にかなっている。


「ミシェルとセルジュは王城に詰めろ。情報の整理、および貴族への牽制とあぶり出しを行ってもらう」

「了解いたしました」

「御意」


 丁寧に礼を取るのは二人とも一緒だが、この場合でも印象がだいぶ違う。穏やかな物腰のミシェルに対して、青騎士セルジュは王に対する時でさえどこか硬質な印象がある。


「それから、ユーグ。引き続き王立薔薇園の警備につけ。同時に周辺の北地区巡回をまかせる。あの辺りは治安がもともといいが、大規模な襲撃は気になるからな。不審な一団が潜んでいないか、十分に警戒しろ」

「拝命つかまつりました」


 ユーグは背筋をすっと伸ばして礼を取った。忠誠を捧げる王から直々の命令である。否やのあろうはずがない。ユーグがまだ十二歳の子供だった頃に即位した目の前の王は、政治においても軍事においても英明であり、絶対的な忠誠を誓うにふさわしい存在だ。


「裏切り者の下級貴族への粛清は、すでに第一段階を終えている。相手の出方しだいでは数日以内に第二の粛清を行う。……あくまで可能性だが臨時で召集をかけることになるかもしれん。それを念頭においておけ。では、正午までに各自、受け持ちの場での人員の配置と行動予定を提出するように。以上だ」


 重々しげに告げた国王以外の全ての人間が、統制の取れた動きで了解の意を示した。御前会議はこれで解散となる流れだったが、付け加えるように国王が放った一言が波紋を生む。


「ああ、それと……ミシェル、セルジュ、ユーグは少し残れ」


 麾下の小隊ひとつひとつの配置を頭の中で組み立てていたユーグは、その言葉でいったん考えを白紙に戻した。新たに考慮にいれねばならないことを告げられると、そんな予感がしたからである。




******




 人が減った円卓の間は少し気温が下がったようだった。

 残ったのは国王、騎士団長、白騎士ユーグ、緑騎士ミシェル、青騎士セルジュの五人のみだ。筆頭書記官まで下がらせたことで、完全に非公式な秘密会談の様相を呈している。


「気づいているとは思うが、残らせたのは『名無し』の隠密部隊とすでに接触した者だ。機密の漏洩を防ぐために、ここで交わされた話の内容は他の騎士にも明かしてはならない」


 緊張を強いる言葉の内容とは裏腹に、国王は行儀悪く姿勢をくずした。高く脚を組み、肘かけで頬杖をついた様はさながら悠々と寝そべる獅子のような風情がある。だがその瞳は、あくまで鋭い。


「議題は……そうだな『ドゥルリアダの目的について』だ。確かに情報はまだそろわんが、計略の全貌を暴く『表側の』中心となるのはお前らだ。話し合わねばならんことがある」


 国王はその視線を緑騎士に向けた。


「ミシェル、お前の曾祖母は異世界から来たのだったな」

「はい。私の父が生まれたころに流行り病で亡くなったそうなので、お会いしたことはありませんが」


 思いも掛けない話題を振られて、ミシェルは少し困惑しているようだ。それに頓着せず、国王は淡々と話を続ける。


「その方……五十年前に亡くなったティトルーズ伯爵夫人について、出来る限り詳しく調べてくれ。日記や手記が残っていればなお良い」

「確かに承りました。……ですが、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「異世界人がドゥルリアダ王国に狙われる理由を探るためだ。それが策謀の根幹をなすと、余はにらんでいる」


 ユーグはぴくりと反応した。リッカのことを指しているとすぐに分かったためである。表情を硬くした白騎士を、国王は面白がるような目で見て声を掛けた。


「そうだ。現在、シェーヌ国内にいる異世界人はただ一人。王立薔薇園にいるリッカ・サイトーという女人にょにんだ。……ユーグ、お前の恋人だな」

「こっ……恋人というわけでは……」


 目眩がするほど体温が上がって、ユーグはつい反論してしまう。人の悪い笑みを浮かべている国王と、驚愕の眼差しを向けてくるその他三人の視線が痛かった。


「ああ、今のところ『恋人のフリ』なのだったか。だが、ここにいる面々以外の前で否定はするな。意味がなくなる。……まぁお前がいくら否定したところで、周りが勝手に誤解してくれるかもしれんが」

 

 尊敬する国王にまでそう言われてしまっては、ユーグも立つ瀬がない。鼻先で笑った青騎士セルジュを、ギッとにらみつけるのが関の山である。


「異世界人であるその女性が狙われているから、出自を同じくする私の曾祖母もドゥルリアダ王国に狙われた可能性があると、そういうことでしょうか?」


 ぴりぴりしだした場の空気を完璧にスルーして、ミシェルが尋ねた。落ち着き払った声音だ。


「ああ、おそらくな。そういった記録はないが、機密文書の保管に不審な点があってな……。いろいろと抜けがあることが判明した。ずいぶんと長い時をかけて、裏切り者が息を潜めている証拠だ。厄介極まることに」

「昔から中枢にドゥルリアダの間者がいると?」

「害をなさず、潜伏を旨とする類がな。……本当に国家の大事に関わる機密は文書に残さず、父から伝えられる予定だったが、変事があったゆえに完全ではない。その中に含まれる事項だったのかもしれないが」


 気落ちも見せずに国王然とした態度でさらりと言うが、これは深刻な問題である。長きにわたってドゥルリアダがなにを狙っているのか、不気味な印象が強まった。


「現ドゥルリアダ国王はよわい九十を越えた。不老といっても不死ではない。百歳を越えられた例はなかったからな。そろそろくたばってくれる時期だとは思うが……。余の勘もそこから来ている。ミシェルの曾祖母、異世界人のティトルーズ伯爵夫人が二十歳前後だったころに、先代のドゥルリアダ国王は九十歳だった。そして突然くたばっている。当時、二十歳の王子が父親を暗殺したのだという説もあるが……きな臭いと思わないか?」

「それは……死を目前にしたドゥルリアダ国王が求めるものが、異世界人であるかもしれないということですか」

「なにしろドゥルリアダの邪術とやらは非常識ときている。九十越えの爺が若造の姿をしているんだぞ? なにをやろうと不思議ではない」


 国王が邪術と呼んでさげすむ不可思議な術の類は、シェーヌでは……いやほとんどの国において遥か昔に廃れていた。占いなど、まじないは残っているが、実際的な力はないに等しい。人の分を越えた邪術は神の怒りを買うからである。

 今まで沈黙を保っていたセルジュが口を開いた。

 

「貴族の奥方の間で邪術めいた遊びが流行っているという噂は、まだ全貌を捕らえきれておりません。出てくるのは本当に子供だましのような占いの類で……大本には思ったよりも慎重な、機密保持を指示する存在がいると推測されます」


 意外な話にユーグは耳を疑った。セルジュが宮廷で女遊びをしていることは知っていたが、諜報活動の一環だったとは思いもよらなかったのだ。ちら、と窺うとミシェルも騎士団長も平然としているから、この場で知らなかったのはユーグだけらしい。


「美貌の青騎士をもってしても秘密ときたか……。もっと位の高い貴婦人を相手どる必要があるな。苦労をかけるがセルジュにはこのまま探りを入れてもらう」

「分かっております。陛下がご心配くださるほどのことはありません。どこぞの腹芸のできない輩と違って、私にとっては造作もないことなので」


 わざわざユーグに目を向けて言うところが嫌味だ。この場では声を荒げた方が負けだとわかっていてやっているところが、更に性格が悪い。ユーグは円卓の下で拳を握って耐えた。

 そんなユーグを知ってか知らずか、国王は鷹揚に言う。


「ユーグ、お前の役目は異世界人のリッカ・サイトーを守ることだ。『名無し』の影と協力してな。幸い、メイエ所長も協力的になった。彼女が表の組織を関わらせることに難色を示していたことは知っているか?」

「いえ……」

「『ドゥルリアダに狙われている』ことが広まると、リッカ・サイトーの安全が脅かされる可能性があるからだ。国内の頭が固い連中が妙なことをするかもしれん。だから、表の存在である騎士がリッカ・サイトーを守るに足る自然な理由が必要だった」


 ユーグは目を見開いた。メイエ所長にとってリッカが狙われていることを秘密にしたい理由は、当人の心の平穏を乱したくないからだと思っていたのだ。だが、確かにドゥルリアダにとってリッカが重要だと知れれば、過激な連中が動き出すのは間違いない。

 虫よけだの、なんだのと散々なことを言っていたが、メイエ所長は二重三重にユーグに利用価値を見出していたようだ。


「すねるな、すねるな。お前たちは表舞台の役者だからな、諜報戦では『名無し』の駒になることも仕事のうちだ。だが、光が動けば影もまた動く。味方であろうと、敵であろうと影は光の存在を無視できぬ。肝心なのは己の役割を果たすことだ」


 そんなに不満が顔に出ていたのだろうか、とユーグは顔を引き締めた。

 国王の言葉に騎士たちは決意を新たにする。女神聖誕祭まであとひと月。今年の五の月はいつになく波乱に満ちたものになりそうだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ