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14.「臨時会議だ、全員集合!」

 


 早朝に伝令が来て、ユーグは城に呼び戻された。臨時で御前会議ごぜんかいぎが開かれることとなったのだ。

 短い仮眠しか取っていないものの、疲れなど微塵も残していないきびきびとした足取りの白騎士に、扉の横に配置された番兵が敬礼した。ユーグは儀礼的にねぎらいの言葉をかけ、円卓の間に入る。

 入った瞬間、大円卓に突っ伏している紫色の頭を発見して、彼は眉をはねあげた。怒鳴りつけたいのをこらえて、紫頭の反対側に座っている男にあいさつする。


「早いな、ミシェル。……アルシバルもだが」


 後半はすごく苦々しい口調だ。天然ではありえない色の髪をした紫騎士アルシバルは、どうやら爆睡中らしい。朝から絶好調で稼働している白騎士ブリザードにも反応せず、死んだように眠っている。由緒ある大円卓もこの紫騎士にかかっては、腕を思いきり伸ばして眠れるでかい机以外のなにものでもないのだという態度が、真面目な白騎士を怒らせた。

 ユーグは怒りにまかせて、つかつかとアルシバルに近寄る。


「起きろ、アルシバル。……そのどこだろうとかまわず惰眠をむさぼる癖はやめろと何度言ったらわかる」


 小言と共に肩をつかんでゆすり起こそうとした矢先、仲裁が入った。


「まあまあ、今は大目に見ておやりなさい。夜通し駆けずり回っていたのですから。まだ会議が始まるまでには、だいぶ間もありますし」


 穏やかそのもの、といった品のある微笑を浮かべているのは緑騎士ミシェルである。手元の書面を整理する仕草も、腰かけた姿勢も端整で落ち着いており、『七人の騎士』最年長の風格を漂わせていた。焦げ茶色の長い髪を一本の棒のように一つにまとめ、深い緑の瞳には常に思慮の光をたたえている。整ってはいるが『七人の騎士』の中では比較的地味と評されることが多い容姿だ。しかし地味に強く、地味に怖い。影が薄いと言われるのは当人が意図している結果なのだ。

 一言で言うと、決して怒らせてはいけない人物である。


「なにかあったのか?」

「ええ。港の方で少々、厄介な密輸品が発見されまして」


 シェーヌ王都は貿易の要だ。海沿いの都市でこそないものの、都を東西に貫く河をさかのぼり大型船もやって来る。よく整備された大規模な河港かこうは貿易の終着点であり、起点ともなるのだ。遠くファンロン大陸からの荷を積んだ大型船が、サロニカ帝国を経由し、シェーヌに帰還する時などお祭り騒ぎのような賑わいを見せる。


「密輸品だと? 品はなんだ?」

「人です」


 ミシェルが淡々と言い放った答えに、ユーグは思わず顔をしかめた。


「……また『奴隷商人』とやらの仕業か?」

「そのようですね。年端もいかない子供ばかりが五十人ほど、檻に詰め込まれていたそうですよ。人種も性別もばらばらに、見目麗しい子供をかき集めたような有り様だったそうですから、注文主は悪趣味な貴族か娼館ではないかと目星をつけ始めているところです」


 虫酢が走る、といった感想をユーグは隠しもしない。盛大に眉をひそめている白騎士の率直さに、緑騎士ミシェルはおやおやと苦笑した。


「注文主が目の前にいたら斬り捨ててしまいそうな顔をしていますよ。それがどんな大貴族だろうとかまわずにね」

「……俺はそこまで短慮だと思われているわけか。陛下の裁きを妨げるようなマネをするはずがなかろう」

「そう願いたいものです。有能な同僚が左遷されるのを見るのは忍びないですから」


 言いながら書類の束を几帳面にそろえる。それを円卓に置くと、また別の書類に目を通し始めた緑騎士にはなんの他意もないように見えた。昔からこの年長の騎士は読みにくい、とユーグが苦手にしているのも無理はない。

 ひとつ息をついて、ユーグは自分の席に着いた。紫騎士アルシバルの隣である。ぐーすか寝こけている男の近くに座るのは腹立たしかったが、席は決まっているのでしかたがない。会議が始まるまでは違う席に着いていてもいいのではないか、という柔軟さはユーグにはないのだ。


「今回の首謀者は捕らえられたのか?」


 密輸事件について詳しく尋ねると、期待していなかった方角から返答があった。


われが斬り捨てたるは火トカゲの尾。首魁しゅかいの行方はようとして知れぬ」

「……起きたのか、アルシバル」


 紫色の髪をはらって身を起こした紫騎士アルシバルに、ユーグは呆れ混じりの視線を向ける。さては小言の時点からタヌキ寝入りをしていたかとも思ったが、追求はやめておいた。そんなことよりも事件の詳細を知りたい。

 アルシバルは『七人の騎士』では最年少の男だ。昨年、二十になったばかりだからユーグたちと比べて破格に若い。剣技にかけては天才的だとユーグも認めているが、居眠り癖と英雄叙事詩かぶれの口調はどうにかならないものかと苦々しく思っている。時々、翻訳が必要なほどわかりにくい上、文法が間違っていることがあるからだ。いい年した男のすることではない。


「つまりトカゲの尻尾切りで、捕らえられたのは首謀者にはほど遠い小者ばかりということだな?」

「肯定する。きゃつらは卑劣極まりなく、使い捨ての駒しか動かさぬ。牢を秘めし貨物のくらには、無知蒙昧むちもうまいな荒くれ者のみがひしめいていた。倉の主もいつわりであったしな」

「倉庫の持ち主からも『奴隷商人』を割り出せないのか……。用心深いことだ」


 いらいらしているユーグを、アルシバルは冗談みたいに綺麗な紫の瞳で無感動に見ている。紫水晶というよりは紫のガラス玉みたいで、澄んではいるが表情のない目だ。染めている紫色の髪と、まだ少年のような面差しとあいまって、紫騎士アルシバルにはどこか浮世離れした雰囲気が漂う。


「だが、よく場所をつきとめられたな。密告があったのか?」

いな。見張りの愚物ぐぶつ幼子おさなごを毒牙にかけんとし、檻の鍵が開いた刹那に子らが逃げ、その一人の声が我に届いた。我は剣をたずさえ、河港を逍遥しょうようしていたのだ」

「それは巡回だ」

「否。私用に費やすべき時間帯のことであった」

「お前、なにがしたかったんだ」

「半身を欠けさせた月が汚濁にまみれた俗世を睥睨へいげいするさまを、船の帆柱ほばしらに登り見つめていたかったのだ。実現せぬうちに夜が明けたのが口惜しい」

「いくらお前が紫騎士でも、無許可で船舶に上がり込むのは迷惑行為以外のなにものでもないぞ。あやしい船を調べるというのなら別だが」


 小言を言われて、アルシバルはうるさそうに目を細める。


「貴公は相も変わらず細かいな。月を愛でる心の前に、そのような些末事さまつじを持ちだすとは無粋極まる。それにいくらわれが帆柱に登ろうが、余人よじんに見つかることなど皆無」

「常習犯か。おい、常習犯なのか。……くそ、だが今回の手柄はその奇行がなければありえなかったのか……」


 怒るに怒れないユーグである。書類に没頭していたミシェルが顔を上げて、苦笑をもらした。


「大目に見るしかありませんよ、ユーグ。アルシバルの奇行は直そうとして直るものでもないのですから、注意するだけ無駄です。心配しなくとも面倒事になるほど、アルシバルも馬鹿ではありません」

「ミシェル……お前、投げてないか?」

「投げていますよ? 私は影の薄い凡人ですから、天才剣士の考えることなどとても理解できかねますね」

「嘘をつけ。お前のような男が凡人でたまるか。そんな世の中では恐ろしすぎるだろうが」


 ミシェルのように穏やかな仮面の裏に鋭利な刃を隠しているような人物が『普通』の世界だったら、ユーグにとってはおそらく地獄だ。メイエ所長レベルの大ダヌキがうじゃうじゃいるなど、考えただけで鳥肌が立つ。

 話がどうでもいい方向にそれた時、扉が開いた。

 入ってきたのは二メートル近い長身を漆黒の騎士服で包んだ黒騎士ヴァルテールである。黒髪に黒目、全身黒づくめで、かつ筋骨たくましいこの男が入室すると、円卓の間がいっきにせまくなったような錯覚さえ覚えた。


「おはようございます、ヴァルテール」


 魔王のように重厚感のある外見をした黒騎士は、ミシェルのあいさつに丁寧な会釈を返した。基本的に、とても無口な男なのだ。ほとんど最低限しか口を開かない。


「昨夜、王城に詰めていたのはヴァルテールの隊だったな。忙しかっただろう。港への応援やら対応やらで」


 王城に一度戻った際にヴァルテールと顔を合わせていたので、ユーグはそうねぎらった。対するヴァルテールは上体を起こしたまま寝こけようとしている紫騎士を指差し、自分は全然大変ではなかった、と言うように右手をぱたぱた振る。


「そうか? 遠慮する必要はないぞ。アルシバルの支援は骨が折れるということは、俺もよく知っている」


 その言葉にもゆるりと首を振り、黒騎士ヴァルテールは静かに着席した。席はユーグとミシェルの中間である。


「ユーグは生真面目ですからね。突飛なアルシバルとも反りが合わないのは当然でしょう」

「言いたいことがあるなら、聞くが?」

「ほら、すぐに怒るのですから。だからロジェやオリヴィエにからかわれるのですよ」

「そういえば、遅いなあいつら……」


 噂をすれば影。

 名前を呼ばれて参上したように、ばーんと開いた扉から色鮮やかな二人組が飛び込んできた。あちこちはねた赤毛の男と、今日はポニーテールにしたストロベリーブロンドの見た目美女な男が部屋に入って来ると、視覚的に華やかになりすぎて目に染みる。


「よっし、間に合ったああ! おお、みんなそろってんなあ!」

「臨時会議だ、全員集合! という感じだね。……あれ? 一人、二人、三人、四人。俺達をいれて六人。一人足りないとは意外も意外。てっきり最後だとばかり思っていたというのに」

「うっそ、まじで? いーち、にーい、さーん、しー、ごー、ろく。おお! 確かに一人足らねぇ! 誰だ!?」

「またもや意外なことにセルジュだよ。珍しいこともあるもんだ」

「…………朝からやかましいな、お前らは……」


 げんなりした口調で言ったユーグに、陽気な赤騎士桃騎士コンビが駆け寄った。


「おうユーグ! 昨日の首尾はどうだったよ!」

「蜂蜜菓子は無事に買えたのかい? 実のところ、そこから心配だったのだ」


 遠慮もへったくれもなく尋ねてくる二人組の勢いはすさまじい。ユーグは苦いものを飲み込んだ顔になって、軽く身を引いた。


「……べ、別にどうだろうとかまわないだろう! だいたい……厳正なる御前会議の前にする話題ではない!」

「え、ユーグ、仲直りのついでに、そんないかがわしいことまでやっちゃったんだ。雨降って地固まるとは……よきかな、よきかな。助言した甲斐があったよ!」


 朝から桃色な方向にしか話を持っていかない桃騎士オリヴィエに、血管が切れる音を聞いたユーグである。誰がそんなことをするか! と怒鳴りつけようとすると、意外なことに桃騎士はすぐに引いた。


「ごめんごめん。怒らせる気はないのさ、信じてくれ。ま、詳しいことは後で聞かせてもらうけどね!」

「そうだなー。そろそろ座っとこうぜ、オリヴィエ」

「その通りだ、ロジェ。……それにしてもセルジュが本気で遅いな。刻限はそろそろじゃないか?」


軽やかに赤騎士と桃騎士が着席すると、それとほぼ同じタイミングで最後の人物が現れた。居眠りしている紫騎士以外の視線が、なんとはなしに扉の方へ向かう。


「おはよーさん、セルジュ! 珍しいな、お前が一番遅いなんて」


 誰にでも気安い赤騎士ロジェが、真っ先に屈託のない笑みであいさつをした。


「……ああ、野暮用があった」


 現れたのは青騎士セルジュ。

 肩口にかかるぐらいの金髪にサファイアブルーの瞳という、乙女が夢見る王子様のような美形なのだが、いかんせん雰囲気が冷たすぎる。人を見下したような表情がデフォルトで、そこからほとんど表情が変わらないため冷血漢な印象が半端ないのだ。

 冷血青トカゲという、陰口のようなあだ名はセルジュの特質をよく表している。

 白騎士ユーグと青騎士セルジュはクール美形で雰囲気が似ていると言われているが、それでも冷たさの質において歴然とした違いがあった。ユーグの冷たさが空気ごと相手を凍てつかせる吹雪のようなものであるとすれば、セルジュの冷たさは相手の心臓のみを直接貫く氷の槍だ。流れている血潮でさえ青いのではないかと思わせる冷ややかな眼差しにさらされれば、それを理解できるだろう。

 セルジュは同僚たちの騒がしい空気に興味を示しもせず、すたすたと円卓に近付いて、自分の席に座った。厄介なことにその席がユーグの隣なのだ。時計周りに言うと桃・紫・白・青・黒・赤・緑の順と定められていた。今、空いている席は国王や騎士団長が座る席である。

 隣にセルジュが腰掛けた瞬間、どう考えても女ものの甘ったるい香水の匂いがして、ユーグは眉をひそめた。思わずにらみつけると、青い騎士服の詰襟つめえりがわずかに歪み、首筋につけそこなった口づけのようにべにが付着しているのが目に入ってしまう。

 ただでさえ気に食わない相手だ。仕事以外では口も利きたくないのだが、発見してしまった以上は注意する義務があった。


「御前会議の場に紅をつけてのぞむつもりか?」

「……なんだと?」

「残り香はどうしようもない。今から水を浴びてこいとも言えんからな。だが、服の汚れくらい拭きとったらどうだと言っている」


 嫌味をこめて淡々と言うと、セルジュは冷然とした表情を保ちつつも襟に手をのばした。どうやら紅の件は自覚していなかったらしい。こういう色めいた事柄には目ざとい桃騎士オリヴィエが高い声をあげて指差した。わざわざ自分の席から身を乗り出している。


「おおおーう! 見つけたよ、セルジュ! 右耳から真下あたり! ひゅー、やるねぇ俺もさすがに御前会議に紅つけてきたことはないよ」


 これがユーグだったら顔を真っ赤にしているところだろうが、セルジュは顔色ひとつ変えなかった。代わりにまとう空気の温度が氷点下となる。


「…………あの時か。これだから調子にのった女は煩わしい」


 気の弱い者が聞けばそれだけで血の気が引きそうな、氷のごとき声だ。セルジュは手巾で襟をぬぐい去り、桃騎士に確認を取る。


「取れたか?」

「うーん。まあ完全ではないけど、わからなくはなったかな。セルジュの騎士服は色味が濃いから、かすかに残ってても目立たないよ」

「そうか、ならばいい」


 平然としたものである。何事もなかったような顔をしたセルジュは手巾をしまってから、ユーグに冷徹な口調で言った。


「貴様に礼を言おう。不本意だが」

「別にいらん。言われても気色が悪いだけだ」

「そう言うな。礼に今度は貴様が紅をつけられた時、すぐに指摘してやろう。白い騎士服では紅がよく目立つだろうからな」


 怒りの衝動にかられたユーグだったが、挑発にのっては負けだと自分に言い聞かせた。代わりにどこまでも冷たい視線を返す。あたりの雰囲気は冷気に冷気が足されたような有り様で、ものすごく寒い。


「は、俺は自分で気づかぬような間抜けではない」

「どうだろうな。貴様は惚れた女にはたいそう甘いそうじゃないか」


 そんな古い話を持ち出してまで反論するか。

 煮えたぎったマグマのような怒りが瞬間的にわき、思わず椅子を蹴って立ち上がりかける。そんなユーグを止めたのは居眠りをしていたはずの紫騎士だった。右隣からユーグの肩を押しとどめる。


「廉価な挑発に激怒するは愚者のしるし。業腹な仕打ちに耐え得るのは賢者のみ」


 珍しくこの年下の騎士に諭されてしまい、ユーグは怒りを爆発させるタイミングを逸した。はらわたは煮えくり返っているが、ここで決闘をするわけにもいかない。

 それでも憎々しげにセルジュをにらみつけた瞬間、先触れの声が上がった。


「国王陛下の御成り!」


 円卓を囲んだ七人の騎士は、一糸乱れぬ動きで立ち上がり、敬礼した。





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