第8話 罪状の棚卸し
夜、ヴァルターは執務室に一人でいた。
灯りを最小限に絞り、机の上に紙を広げた。
誰にも見せるつもりはない。
従者を下がらせ、鍵をかけた。
筆を取り、罪状を一つずつ書き出す。
**一、皇族への不敬**
思い当たる場面がいくつかある。
アンネリーゼとの言い合い。
皇族行事での出席態度。
侍女の扱い方。
ただし「不敬」が断罪に至るほどの罪状になるには、もっと具体的な事例が必要なはずだ。
単なる言い合いや態度では、処刑には至らない。
つまり誰かが、自分の言動を「皇族への脅迫」として記録した可能性がある。
脅迫。
したことはない。
だが、そう読めなくもない発言がないとは言い切れない。
* * *
**二、宮廷機密の不正閲覧**
これは確かに行ったことがある。
公爵家の権限を使って、本来閲覧できない文書に触れた。
理由はあった。辺境への補助金の流れを確かめたかったからだ。
その確認自体は正当な目的だったが、閲覧の手続きが適切でなかった。
つまり「やった」は事実。「不正に」という部分が誇張または加工されている。
これは敵が使いやすい素材だ。
事実の芯があるから、否定が難しい。
* * *
**三、辺境反乱への資金関与**
これは最も理解が難しい。
辺境への資金調査はしたが、流したことはない。
だが——辺境関連の商会に対して、公爵家の名義で書簡を送ったことがある。
内容は調査依頼だったが、受け取った側がそれを「関与の証拠」として提出した可能性がある。
あるいは書簡そのものが改ざんされた。
どちらにせよ、辺境に金が流れた記録と、自分の名義の書類が組み合わさると——黒に見える。
* * *
**四、皇帝の薬湯記録の改竄**
これは単純な捏造だと思っていたが、少し考え直す必要がある。
皇帝の健康に関する書類を、過去に一度だけ手に取ったことがある。
それは偶発的な機会で、内容も大して確認しなかった。
だが「手に取った」という事実は、閲覧記録に残っているかもしれない。
閲覧と改竄では天地の差があるが、記録の残り方次第では同じように見える。
* * *
**五、帝位簒奪を企てた嫌疑——偽造書簡**
これだけは、完全な捏造だ。
帝位について考えたこともない。
だが、書簡が「偽造」であるという証明をするには、原本との比較か、作成者の特定が必要になる。
しかも——ヴァルターの筆跡や印章の使い方を熟知した上で作られているとすれば、見た目だけでは本物と区別できない可能性がある。
これが最も危険な罪状だ。
* * *
ヴァルターは書き終えた紙を見下ろした。
五つの罪状。
完全な捏造は一つ(偽造書簡)。
事実に偽を混ぜたものが三つ(不正閲覧・資金関与・薬湯記録)。
誇張または曲解のみのものが一つ(皇族への不敬)。
これが断罪の構造だ。
見事だった。
嫌な意味で。
完全な捏造だけなら崩せる可能性がある。
だが事実が混じっているものは、「やっていない」と言い張っても信じてもらいにくい。
だから断罪は成立した。
ヴァルターは紙の余白に書き加えた。
「敵は真実に偽を混ぜた。これは計算だ」
次の行に。
「自分を知っている人間が作った、または自分を長期にわたって観察した人間が作った」
さらに。
「複数の罪状を用意するには、時間と複数の協力者が必要」
つまり、一人で動いているとは考えにくい。
組織的か、あるいは十分な権力を持つ者が意図的に動かしているか。
ヴァルターは最後の一行を書いた。
「最初に潰すべきは——偽造書簡」
他の罪状は事実を含んでいるため、完全否定は難しい。
だが偽造書簡は完全な嘘だ。
これを「偽造」と証明できれば、他の罪状への疑義も生まれる。
問題は、偽造書簡がどこから来たかだ。
ヴァルターは灯りを落とし、立ち上がった。
やるべきことが見えた。
文書庫へ行く必要がある。




