表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令息は、処刑ループのたびに帝国を救う  作者: とま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

第3話 夢ではない証明

 茶会の刻限まで、まだ一時間ほどある。


 廊下を歩きながら、ヴァルターは頭の中で冷静に整理しようとしていた。


 確認すべきことが多い。

 感情に引きずられている暇はない。


 茶会へ向かうより先に、寄るべき場所がある。


 彼は踵を返し、自室へ戻った。


* * *


 書棚の前に立つ。


 右から三冊目、エルンスト公爵家の年次報告書。

 四冊目、帝国貿易局の最新記録。

 五冊目、宮廷行事一覧——今年度版。


 ヴァルターは五冊目を引き出して表紙を確認した。


 帝国暦四百八十二年度。春。


 一致する。


 次に彼は本を開き、星見の夜会の記録を探した。

 春の第二月、十五日夜——宮廷主催、参加貴族名の一覧。


 見覚えのある名前が並んでいる。

 自分の名もある。

 アンネリーゼの名もある。

 カインの名もある。


 すべて、記憶の通りだった。


 ヴァルターは本を閉じ、机の引き出しを開ける。

 左側の奥、書きかけの書類が二枚あるはずだった——辺境救援費に関する私的な覚書と、宮廷文官への問い合わせ状。


 あった。


 まったく同じ内容、まったく同じ筆跡で。

 インクが乾きかけているあたりも、記憶の通りだ。


「……確かに、半年前だ」


 呟いた声が、やけに静かに聞こえた。


 ヴァルターは深く息を吸う。


 夢の可能性は消えた。

 記憶の捏造という可能性も、これほど細部まで一致するなら考えにくい。

 狂気の可能性は——まだ否定しきれないが、狂気がこれほど論理的に整合するとも思えない。


 すなわち、これは現実だ。


 ありえない現実だが、現実だ。


* * *


 廊下へ出ると、ちょうど清掃の侍女たちが通りかかった。


 三人。

 先頭の年配の侍女がヴァルターに気づき、ぴたりと足を止め、深く頭を下げる。

 後ろの二人もそれに倣った。


 ヴァルターは黙って通り過ぎようとしたが、ふと足を止める。


「廊下の掃除は、今日は早いな」


 年配の侍女が、わずかに顔を上げた。困惑している。


「は、はい。昨夜の夜会の後始末が……」


「そうか」


 それだけ言って、ヴァルターは歩き出した。


 背後で、侍女たちがほっと息を吐く音が聞こえた。


 そうだ。

 以前——正確には、まだ昨日しか経っていない以前——の自分なら、何も言わずに通り過ぎるか、あるいは「廊下の掃除程度に時間がかかりすぎる」と一言口にしたかもしれない。


 だから彼女たちは、自分が通りかかるたびにこんな顔をするのだ。


 ヴァルターはそこから何かを学んだというより、ただ確認した。

 自分が思っていた以上に、この場所での自分は恐れられている。


* * *


 一階の下僕通路に差し掛かった時、ヴァルターは意図せず立ち止まった。


 奥から声がする。

 男の声が二つ。下働きの者たちらしい。


「……公子様が今日もまわりを歩かれるのか」


「嫌だよな。あの目で見られると何もしてなくても縮む」


「気をつけろよ。昨日の夜会でまた何かあったらしいぞ。皇女殿下と揉めたとかなんとか」


「あの方のお近くで揉め事なんか起こしたら、こっちまで飛び火する」


「だな……」


 声が遠ざかる。


 ヴァルターは壁に背を預けたまま、天井を見上げた。


 昨夜、アンネリーゼと揉めた——それは記憶にある。

 茶の会が終わったあと、政務上の問題で言い合いになった。

 内容はたいしたことではなかったが、ヴァルターの言い方が悪かった。


 あるいは、それが下働きたちにまで届くほどの話になっていた、ということだ。


 宮廷の噂は早い。

 自分が思っている以上に、自分の言動は観察されていた。


* * *


 次に彼は文官棟の廊下を歩き、掲示板に貼られた公示文を確認した。


 帝国暦四百八十二年、春の第二月、十六日付け。


 一致する。


 その隣には、昨日の星見の夜会の参加者への謝辞が貼られていた。

 皇帝陛下より、との書き出し。

 落款の文字も、署名の癖も、見慣れたものだ。


 ヴァルターはそれをしばらく眺めてから、静かに背を向けた。


 もう十分だ。


 確認できることは、すべて確認した。

 書棚の本。机の書類。侍女たちの反応。下働きの会話。掲示の日付。


 どれも、記憶の半年前と一致する。


 つまりこれは現実で、自分は本当に、処刑から半年前に巻き戻っている。


 なぜそうなったのかは、まだ分からない。

 誰がこうしたのかも、分からない。

 そもそもそれが「誰か」の意思によるものかどうかすら、分からない。


 だが今、自分にできることは一つだ。


 この半年を、今度は無駄にしないこと。


* * *


 ヴァルターは廊下の窓から外を眺めた。


 庭園には昨夜の飾り灯籠がまだ片付けられていない。

 白薔薇のアーチ。

 銀の星旗。


 あの夜会で、何かが始まった——あるいは、あの夜会のずっと前から、何かは動いていた。


 どちらが正しいか。

 まだ分からない。


 だが、答えを探す起点はある。


 処刑の断罪台で並べられた罪状を思い出す。

 皇族への不敬。文書閲覧。辺境の金。薬湯の記録改竄。偽造書簡。


 一つ一つは、確かに自分の行動と無縁ではない。

 しかし、あのように整然と並ぶほど、偶然が重なるはずがない。


 誰かが、組み立てたのだ。


 今の自分が最初に会う相手は、その断罪の場でもっとも際立っていた人物だ。


 ヴァルターは時計台の方向を見た。

 茶会まで、あと少し。


 アンネリーゼ。


 彼女が怒っていることは知っている。

 嫌われていることも、分かっている。

 それでも、あの瞬間の目の揺れだけは——


 ヴァルターは小さく首を振る。


 感傷は後だ。

 今は観察する。


 この半年は、もう一度の試みではない。

 全貌を知るための時間だ。


 彼は廊下を歩き出した。

 磨かれた床に、靴音が静かに響く。


 処刑の半年前のこの朝、最初に会う予定なのは、アンネリーゼだった。

 ヴァルターは、もっとも会いたくない相手のもとへ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ