第13話 使用人通路
夜が深まると、宮廷の表の廊下から人が消える。
代わりに動き始めるのが、使用人通路だ。
正殿と各棟を繋ぐ細い通路は、来客や廷臣が使う表の道とは全く別に設けられている。
壁が薄く、採光が乏しく、床は石畳のままだ。
清掃、洗濯、食事の運搬、備品の補充——それらを行う者たちが、この通路を使う。
ヴァルターは初めて、ここを歩いた。
貴族が使用人通路を歩くことは、稀だ。
あるとすれば、探偵趣味の変わり者か、宮廷の裏事情を知りたい者か。
ヴァルターは暗い廊下を歩きながら、周囲の音に耳を澄ませた。
突き当たりから、若い侍女の話し声が聞こえてくる。
「……また、公爵令息様が文書庫をうろついてたって」
「怖いよね。あの方が動くと、何か悪いことが起きる気がして」
「前に孤児院の補助金止めたの、あの方でしょう。うちの親戚の子がそこにいたって」
「最近は大人しいらしいけど、それがかえって不気味だって言ってたわ」
声が遠ざかり、奥へ消えた。
ヴァルターは足を止めた。
孤児院の話は、ここまで伝わっているのか。
下働きの噂の速さを、改めて理解した。
次の分岐点で、今度は中年の男二人の声が聞こえた。
搬入の作業員らしく、低く短く言葉を交わしている。
「……今夜の荷、三箱か」
「いや、四箱。おい、あっちの通路を通れって言われてる」
「なんで? いつもこっちじゃないか」
「知らん。そう言われた」
「面倒くさい。誰の指示だ」
「さあ、上の方から。それ以上は聞かされてない」
足音が遠ざかる。
ヴァルターは壁に沿って立ち止まり、声が消えてから動いた。
いつもの通路を変えた搬入。
上の方からの指示。
内容は共有されない。
何かが移送されている。
さらに進んだ先、搬入口の近くに出た。
外と繋がる小さな扉があり、夜でも荷物の運搬に使われる場所だ。
今夜は暗かったが、かすかに松明の光が見えた。
ヴァルターは壁の影に身を潜め、様子を窺った。
木箱が三つ。
作業員が二人。
もう一人、指示をする者がいる。
その人物の顔は影で見えなかった。
だが服装は、通常の下働きとは少し違う。
指示者が箱を確認し、作業員に何か告げると、箱は内側へ運ばれていく。
ヴァルターは視線を箱へ向けた。
側面に押された紋章が、一瞬だけ松明の光に照らし出された。
見たことがない紋章だった。
帝都の正規業者ならば、宮廷への届け出がある。
記憶にある業者の紋章ではない。
ヴァルターは紋章の形を目に焼き付けた。
楕円の中に、交差した二本の枝。
その上に、見慣れない文字が一文字。
地方の商会か、あるいは帝国外の業者か。
箱の大きさから見て、中身は薬品か調味料か、あるいは高価な布地か。
重さの運び方から見て、液体ではなく固形物の可能性が高い。
指示者が立ち去り、作業員も消えた。
ヴァルターは搬入口から離れ、もと来た通路へ引き返した。
正殿への廊下に出る手前で、ヴァルターは立ち止まった。
今夜、使用人通路を歩いて分かったことが二つある。
一つは、自分の悪評が宮廷の底辺層まで行き渡っていること。
孤児院の話、文書庫の話、「何かをする前に近寄るな」という空気。
それが使用人の間で共有されている。
もう一つは、記録にない荷の搬入が行われていること。
いつもと違う通路を使い、指示は上から来て、内容は共有されない。
この二つが、直接繋がっているとは言えない。
だが、どちらも「宮廷の表側には見えない動き」だ。
ヴァルターは廊下に出て、歩き出した。
見覚えのない紋章。
それが何者なのかを調べる必要がある。
宮廷の裏を流れているものの正体を知ることが、断罪の謎を解くための一つの鍵になりうる。
そう直感していた。




