表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令息は、処刑ループのたびに帝国を救う  作者: とま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/20

第12話 皇女の視線

 アンネリーゼは、自室の窓辺に立っていた。


 庭園を見ているようで、実際には何も見ていない。


 頭の中にあるのは、ヴァルターのことだ。


 おかしい、とアンネリーゼは思った。


 三日前の茶会から、その違和感が始まった。


 ヴァルター=エルンスト=クラウゼ。

 クラウゼ公爵家嫡男。婚約者。


 彼女がこの婚約について、最初から選択の余地があったわけではない。

 政治的な決定だった。

 アンネリーゼはそれを承知した上で、婚約者として彼と向き合ってきた。


 彼は冷たかった。

 傲慢だった。

 会話をするたびに、彼女の意見は否定されるか無視された。


 嫌いか、と問われれば——嫌いだ、と答える。

 それは今も変わらない。


 だが、茶会でのヴァルターは、いつもと違った。


 何が違ったのか。


 言葉が柔らかくなった——わけではない。

 態度が改善された——とも言い切れない。


 違うのは、彼の目だった。


 以前のヴァルターは、話しながら常に「相手の意見の欠点を探している」ような目をしていた。

 それはアンネリーゼも承知していた。彼はそういう人間だ。


 だが茶会での彼は、違う目をしていた。


 相手の欠点を探しているのではない。

 何かを「測っている」目だ。

 距離を計っているような、あるいは何かを検証しているような——


 その目が、不気味だった。


「レナ」


 アンネリーゼは侍女を呼んだ。


 レナが静かに入ってくる。

 忠実で、目立たず、表情を読みにくい侍女だ。


「ここ数日のクラウゼ公子の動向について、何か耳にしたことはありますか」


 レナはわずかに目を伏せた。


「文書庫へ行かれたとは聞いております」


「何のために」


「存じません。ただ、通常の閲覧ではなく、かなり細かく記録を当たられていたと……」


「誰から聞きました」


「文書庫の下働きの者から、少し」


 アンネリーゼは頷いた。


 文書庫。

 ヴァルターが正式な権限を持って入れる場所だ。

 だが、なぜ今のタイミングで。


「他には」


「公爵家の私用で辺境関係の記録を確認されたとのことです。ただ、実際に見ていた記録が、辺境補助金だけではなかったという話も……」


「何を見ていたのですか」


「薬湯関係の棚の周辺を確認されていたようで」


 アンネリーゼの手が、わずかに止まった。


 薬湯。


 父が飲む、侍医の処方した薬湯だ。


 それが何故、ヴァルターの関心を引く。


 アンネリーゼは窓の外へ視線を戻した。


 庭園に夕暮れが差し込み始めている。


 ヴァルターは私欲で動く人間だと思っていた。

 自分の利益と公爵家の利益のために、宮廷を利用する男だと。


 それは今も、全面的に否定できない。


 だが——


 薬湯記録を調べるのは、なぜか。

 辺境の補助金記録を調べるのは、なぜか。

 その二つを同じ日に確認しているのは、なぜか。


 どちらも、公爵家の直接的な利益には結びつかない。


「公子の動きを、さりげなく見ておいて」


 アンネリーゼは静かに言った。


「公子が宮廷のどこへ行き、誰と話しているか。日常の範囲で、あくまで自然に」


「……かしこまりました」


 レナは頷いた。だが、わずかに表情が揺れた気がした。


 アンネリーゼはその揺れを見逃さなかった。


「レナ」


「は」


「何か気になることがありますか」


「いいえ。特には……」


 少し間があった。


「ただ——公子様は、最近怒鳴られないとは聞いていましたが、それ以上のことは分かりかねます」


 それだけ言って、レナは頭を下げた。


 一人になってから、アンネリーゼは考えた。


 ヴァルターが怒鳴らない。

 態度が変わった。

 文書庫で薬湯と辺境の記録を調べていた。


 どれも断片的だ。


 だが、以前の彼ならしないような行動が、重なっている。


 理由が分からない。

 だからこそ、不気味だ。


 ヴァルターを感情的に嫌いであることと、政治的に警戒すべきかどうかは、別の問題だ。


 アンネリーゼは皇女として、ヴァルターへの対応を考え直す必要があると判断した。


 単純な嫌悪だけで動くのは、この場合、賢くない。


 彼が何を探しているのか。

 何を目的にしているのか。


 それを把握した上で、対処を決める。


 そのためにはまず、情報が必要だ。


 アンネリーゼは窓から離れ、椅子に腰を下ろした。


 レナは信頼できる侍女だ。

 ただし、彼女自身がヴァルターを恐れているという問題がある。


 観察という仕事を、上手くこなせるかどうか。


 それだけが、今は少し気がかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ