第11話 冷たい正しさ
三日後、ヴァルターはかつての自分のした選択を、一つずつ掘り返していた。
きっかけは小さなことだった。
孤児院の件を、昨日、偶然思い出したのだ。
* * *
二年前、クラウゼ公爵領で横領が発覚した。
対象は領地内の福祉関係の費用だった。
孤児院への補助金、老人施設への物資援助、貧困層への食料配給——それらを管理していた下級役人が、金を抜いていた。
ヴァルターは摘発を指示した。
横領した役人は処分した。
同時に、不正の疑いが排除されるまでの間、関係する補助金を一時停止した。
それは正しい判断だった。
不正な流れの中にある金をそのまま継続させれば、証拠が揮発する可能性があるからだ。
手続き上、正しかった。
だが——
孤児院は、数ヶ月にわたって補助金なしで運営することになった。
不正でもなんでもない院長が、必死に工面して子供たちを養った。
ヴァルターはその後、横領が完全に解明された時点で補助金を再開した。
遅れた分の一部を追加した。
手続きは正しかった。
だが現場に残ったのは「冷酷な公爵令息が孤児院を干上がらせた」という印象だけだった。
もう一つ。
アンネリーゼの侍女の問題だ。
一年前、ヴァルターはアンネリーゼの周辺の侍女に、身元の怪しい者が混じっている可能性を指摘した。
当時、外部からの諜報が宮廷に侵入しているという情報が複数あり、ヴァルターはその経路の一つに侍女層が使われる可能性を想定した。
それは合理的な推測だった。
ヴァルターは「身元が確認できない侍女を皇女の近くから遠ざけるべきだ」と進言した。
結果、数人の侍女が配置換えになった。
彼女たちに実際に問題はなかった。
だが「公爵令息が皇女の侍女を排除した」という事実だけが残った。
侍女たちの心には、理由もなく遠ざけられたという記憶が。
ヴァルターは椅子の背に深く体を預けた。
正しかった、とは言い切れない。
孤児院の件も、侍女の件も、判断の根拠はある。
だが、その根拠を誰にも説明しなかった。
説明する必要がないと思っていた。
正しいことは正しい。説明せずとも、結果が証明する。
そう信じていた。
だが結果が証明したのは「ヴァルターは冷酷だ」というイメージだけだった。
それがなぜ今、引っかかるのか。
処刑の断罪状に並んだ罪状は、ヴァルターの行動を悪意で読み替えたものだ。
孤児院の補助金停止は「弱者への攻撃」として使えるかもしれない。
侍女の配置換えは「皇女周辺への干渉・支配」として使えるかもしれない。
それを敵が使ったかどうかは分からない。
だが使えると思えば使う材料は、自分で積み上げてきた。
ヴァルターは手帳を開き、書いた。
「自分の行動は、常に正しかったが、常に冷たかった」
正しさと冷たさが、自分の中では同じものだった。
だがそれは、外から見れば「正しさを旗に掲げた暴力」と映ることがある。
今さら優しくなれるとは思わない。
そもそも「優しくなる」という方向性が間違っていた。
ヴァルターは消しかけの手帳の文字をもう一度見た。
「今さら優しくしても意味はない」
これは正しい。
だから、必要なのは別の方法だ。
好かれることを目指すのではなく、「断罪の証拠を作らせない」ことを目指す。
言動を柔らかくするより、証拠を潰す方が確実だ。
それが、処刑を回避するための正道だ。
だがもう一つの問題がある。
証拠を潰したとして。
帝国の腐敗を止めなければ、自分は助かっても帝国は滅ぶ。
以前のループで、それを見た。
帝都が燃えた。
皇帝が錯乱した。
宮廷が内側から崩れた。
あの光景を見てから、「自分一人が生き残ればいい」という目標は意味を失った。
だからこそ今は、処刑回避と同時に、帝国崩壊の原因を探っている。
ヴァルターは窓の外を見た。
宮廷の庭園に、夕暮れが差し込んでいる。
優しくなる必要はない。
好かれる必要もない。
ただ、正しさの向け方を、少しだけ変える必要がある。
それが、今の自分にできることだ。




