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【コミカライズ原作】推し建築家と恋、建設中です。  作者: 和泉


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9/11

09.今のところ一番弟子

 事務所の片付けが終わり、午前中の時間が空いた由紀は設計製図試験の勉強をすることになった。

 午前は律がまだ寝ているので、律の作業部屋の製図机を使っていいと。

 律の作業部屋はちょっと緊張する。

 置いてある物にはできるだけ触れないようにしながら、由紀は製図の勉強をさせてもらった。


「学科が合格していないと設計製図試験は受けられないですけどね」

「大丈夫だ。講師がいいから」

 絶対受かっていると言ってくれる律の言葉がうれしい。

 製図も律から学ぶことはとても多く、由紀は今までの自分の甘さを思い知ることになったーー。


 深夜、夕食を食べようと作業部屋から出てきた律は、リビングで勉強中に眠ってしまった由紀に気がついた。


 初めて会った日は濡れた髪と泣き顔が昔飼っていた犬に似ていて放っておけなかった。

 東京駅で会った時はなぜか引き留めてしまった。

 スケッチブックに描かれたデザインは温かみがあり、この仕事が好きなのだとわかるのに、変な男のせいで諦めるのはもったいないと思った。

 それだけのはずだったのに。


「手放したくないな……」

 律は自分らしくない考えに自嘲すると、由紀の肩にそっとブランケットをかけた。


    ◇

 

「律さん! 合格、合格! 合格しました!」

 学科も合格し、設計製図試験も合格し、見事に一級建築士の試験に合格した由紀は、スマホに表示された「合格」の文字を律に見せた。

 合格率はたったの15%。

 本当に夢みたいだ。


「よかったな」

「律さんのおかげです!」

 お世話になってからもう半年。

 事務所の片づけはとっくに終わっていて、たぶんもうドイツに戻りたかったはずなのに律はずっと側にいてくれた。

 

「うれし……、ずっと、ダメで、やっと」

「がんばったな」

 こんなふうに優しく抱き寄せてもらったら、勘違いするでしょう?

 耳元で「えらいぞ」とか「よくがんばったな」なんて褒められたら、浮かれるに決まってるじゃない。

 あぁ、ダメだ。

 律さんが好きだ。

 もうすぐドイツに戻ってしまうのに。

 律さんは私のことをなんとも思ってないのに。

 合格の嬉しさと、告白してもいないうちの失恋に涙が止まらない。


「初めて会った時も泣いていたな」

 泣き虫だなと困った顔で笑う律が好きだ。


「今日はうまいものでも食べに行くか! お祝いだ!」

 ほら泣きやめと笑う律が好きだ。


「鉄板のスパゲティが食べたいです」

「もっといい物を強請れよ」

 安上がりな奴だなと笑う律が好きだ。


 自分でも馬鹿だなと思うくらいの片想い。

 由紀は手で涙を拭くと「やっぱり高級ハンバーグにします」と笑った。


 高級ハンバーグと言ったけれど、まさかこんなにすごい店に連れてこられるとは思っていなかった。

 普段着で入ってはダメなのでは? と誰でも思うだろう景色とスタッフの黒服さん。


「時間前に悪いな」

「大丈夫ですよ」

 店は貸し切り。

 いや、開店時間前だ。

 

「ここは予約でいっぱいだから、こんな早い時間で悪いな」

「い、いえ。それよりこんな格好で……」

 予約がないとダメな店で開店前ならOKってどういうこと?

 若干パニックな由紀に、黒服さんは「お気になさらずに」と言ってくれた。


 何も頼んでいないのに運ばれてくる料理。

 前菜から順番に運ばれてくるこれはコース料理?


「ここのコーンスープが好きなんだ」

 確かにおいしい。

 けれど、きっと庶民には高すぎます、この店!

 ハンバーグももちろん美味しかった。

 お洒落に盛り付けられたデザートも。

 

「これ挑戦してみないか?」

 律がスマホで見せたのはコンペの募集要項。

 応募できるのは一級建築士、しかも免許取得前の実務経験期間を含む、だ。


「都市再開発……?」

「あぁ。駅前をまるごと好きにしていい」

「……楽しそう」

 1つのビルではなく、駅前全部。

 ロータリーを作ること、駅と商業施設はつながっていること、宿泊できる施設をつくることなど、細かい条件はあるけれど。


「やってみたいです」

「由紀ならそう言うと思った」

 三ヶ月しかないけれどがんばろうと言われた由紀は目を見開いた。



「律さん、まだ日本にいていいんですか?」

「早くドイツに帰れって? 冷たいな、由紀」

「ち、違います。だってだいぶ前に事務所も片付いたのに、試験が終わるまでいてくれて、まだあと三ヶ月も、」

「こっちでやっているから大丈夫だ。それにもう少しだけ爺さんの近くにいてやりたいんだ。俺にはもう爺さんしかいないからさ」

 私のためにいてくれるなんて盛大な勘違いをしてしまった自分が恥ずかしい。

 入院しているお爺さんのため。

 そうだよね。

 律の両親はもういない。

 だからお爺さんのお世話をするのは律しかいないのだ。


「じゃあ、あと三ヶ月、しっかり律さんから学びます!」

「今のところ、一番弟子だからな」

「今のところって、」

 二番弟子に格下げされるんですか? と不貞腐れた由紀の頬を律はそっと撫でた。

 いや、だからそういう天然な動作はダメですって。

 ドイツでは普通かもしれないですけど、日本ではそういうことは好きな子にしかしちゃダメです。

 そっと撫でられた頬が熱い。

 たぶん今は顔が真っ赤だ。

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