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【コミカライズ原作】推し建築家と恋、建設中です。  作者: 和泉


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06.誰かに聞いてほしかった

 机の中の私物はあまり多くない。

 文房具をカバンに詰め、ロッカーにスーツケースを取りに行き、由紀は会社のゲートの外で従業員証を同期の菜々美に手渡した。


「おかしいよ、なんで由紀が!」

「ありがと、菜々美。元気でね」

 私のために泣きながら怒ってくれる菜々美の気持ちが嬉しい。

 泣き顔のまま由紀は電車に乗ってマンションへ。

 この時間ならまだ春馬は帰ってこないはず。

 もともと服も少ない由紀は、もうひと回り大きいスーツケースに大事なリッカの雑誌と服を詰め込んだ。


 自分の歯ブラシやスリッパは全部ゴミ袋に。

 春馬から貰ったものも全部ゴミ袋に突っ込んだ。

 今日はゴミの日ではないから捨てられないけれど、そのくらいは春馬だってやってくれるだろう。

 布団や家具は無理だからこのままで。

 靴や鞄も持った由紀は鍵を閉めて、新聞受けから鍵を部屋の中に落とした。


「会社をクビになったなんて、お母さんになんて言おう……」

 スーツケース2個をガラガラと引きながら由紀は東京駅へ。

 もうきっと一生来ることがないだろう東京駅を最後に見てから田舎に帰ろうと思った由紀は、東京駅で一番好きな丸の内南口に向かった。

 

「……やっぱりすごいなぁ」

 美しい吹き抜けのドーム状の天井を真下から見上げるのが好きだ。

 いつ見ても綺麗で憧れる。

 いつか一級建築士の資格を取って、こんな建物をデザインしてみたかったけれど……。

 

 きっともう叶わない。

 由紀はキュッと唇を噛んだ。


「……お父さんとお母さんにお土産を買って行こうかな」

 博多の明太子もあるけれど。

 由紀はスーツケースの持ち手をグッと握ると周りを確認しないまま一歩踏み出した。


「っと!」

「あ、すみませ……」

 男性の声に驚き、ようやく前を見た由紀は、見覚えのある男性の顔に驚いた。

 

「昨日の」

「あぁ、あんたか」

 男性は由紀を上から下まで眺めると「荷物が増えているな」と笑った。


「あの、昨日は本当にありがとうございました」

「また家出みたいな姿だけれど、今日は寝るところはあるのか?」

 軽く揶揄ってくる男性に、由紀は微妙な笑顔を見せた。


「実家に帰ることにしました」

 住むところも仕事もなくなったのでと答えた由紀はまた泣きそうになってしまった。

 あぁ、ダメだ。

 急いでここから離れないと。


「鍵は指定の場所に。本当にありがとうございました」

「おい」

 お辞儀をして急いで歩いて行こうとした由紀の荷物を男性は手で止めた。


「仕事もないなら時間あるだろ」

 昼飯に付き合えと連れて行かれたのは喫茶店。

 昔ながらのレトロな雰囲気のその喫茶店は静かで落ち着いた雰囲気の店だった。


「ここのスパゲティを子どもの頃、両親とよく食べたんだ」

 オススメされた由紀は男性と同じものを頼むことにした。

 卵が敷かれた鉄板の上にはナポリタン。


「わ、鉄板のスパゲティは初めて食べます」

「名古屋はこれが普通らしい」

「へぇ~。いただきます」

 熱々の卵とトマト味の相性がとてもいい。


「おいしいです」

 由紀が笑うと、男性は「やっと笑ったな」と呟いた。


「どうして家も仕事も無くなったんだ?」

「あ……、実は」

 由紀は言うか迷ったが、結局素直に話すことにした。

 昨日助けてもらったのに、理由は言えませんとは言いにくかったからだ。

 

「最低だな、その男」

「そう、ですよね」

 よかった。全然知らない人が聞いても、春馬の方が悪いって思ってもらえた。

 この人になら全部話せそうだ。

 会社では言えなかったデザインのことも。


「私も建築デザインの仕事をしていたんですけど、実は彼が出したコンペのデザインの一部は私が考えたもので……」

 由紀はスケッチブックに描いてあった案をそのまま真似されてしまったこと、模型も中心部分はほとんど自分が造ったことを話した。

 今更どうにもならないけれど、会社の人にも言えなかったけれど、誰かに聞いてほしかったのだ。


「今、スケッチブックは持っているか?」

「あ、はい。ここに……」

 由紀はカバンからスケッチブックを取り出す。


「……その雑誌」

「あ、これ、私が尊敬しているドイツの建築家のリッカの作品がついていて。ずっと持ち歩いているんです」

「……リッカ……?」

「あ、昨日泊めていただいた事務所にもドイツ語、ですか? 雑誌が置いてあって。すみません、勝手にスマホで写真を撮ってしまいました」

 由紀は慌ててスマホを取り出し、写真を見せた。


「いや、それは構わない。なんなら、雑誌もあげるよ」

 捨てるくらいなら貰ってくれた方がいいと言う男性の言葉に由紀は思わず「ください!」と言ってしまった。

 予想外の大きな声に男性が噴き出す。


「いいよ。あとで取りに行こう。その前にスケッチブックを見せてもらっても?」

「あ、はい。どうぞ」

 由紀はスケッチブックを男性に手渡すと、水が入ったグラスに手を伸ばした。

 冷たい水が喉を通っていく。

 少しレモンの風味のあるその水のおかげか、ずっとモヤモヤしていた気持ちが少し薄くなったような気がした。

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