02.そんなのアリ?
「リッカって女性? 日本人?」
「うん、たぶんね。『和』の美って言ったらいいのかな、今回の建物にも桜とかね、日本っぽいデザインが入っていて。ほらここ」
由紀は柱にデザインされた桜の模様を指差した。
「この柱が桜の木みたいな演出だね」
「吹き抜けになっていて、桜の木が建物を支えているみたいで、ホントにすごいの!」
憧れの建築家だと由紀が嬉しそうに語ると、だから「同じ雑誌が二冊なんだね」と春馬が笑った。
閲覧用と保管用だ。
雑誌は特に先に買っておかないと手に入らなくなってしまうので、リッカがついた雑誌は必ず二冊買うようにしている。
「さ、俺もコンペのデザインをやろう」
「がんばって」
由紀のスケッチブックと、自分のスケッチブックを広げながらアイデアを出していく春馬の横で、由紀は建築雑誌を食い入るように眺めた。
リッカの商業施設がついた雑誌に夢中で、由紀はすっかりスケッチブックのことを忘れていた。
翌朝カバンに戻されていたスケッチブックに何の疑問も持たず、いつものように出社。
いつものように仕事をして、夕飯を作って春馬と食べる。
父の病院に今月分の支払いをし、母には別で仕送りを送金。
春馬が一緒に住もうと言ってくれたおかげで、生活がとても楽になった。
そして幸せな一ヶ月はあっという間に過ぎていく。
いつものように会社に出社した由紀は廊下の人だかりに驚いた。
ちょうど掲示板があるあたりに集まった人々。
その中心は春馬だ。
「すげな。おめでとさん」
「大変なのはこれからだぞ」
先輩たちにバシバシ叩かれながら揶揄われている春馬は照れ笑いをしているように見えた。
「あ、由紀。おはよう。見て見て、春馬くんすごいよ」
同期の菜々美に腕を引っ張られながら掲示板の前へ。
「コンペ……優秀賞!」
オフィスビル社内コンペ優秀賞:宮崎春馬。
作品名:空の彼方。
掲示板に貼られた社内コンペの結果に由紀は目を見開いた。
「すごい……」
これは以前、リビングで春馬が考えていた一級建築士しか挑戦できなかったオフィスビルのコンペだ。
ベテランの先輩たちもおそらく挑戦した中で、春馬が優秀賞……!
すごすぎる!
おまけのように印刷されたコンペの作品は、小さすぎて細かいところがよくわからない。
タイトルから想像できる通り、空を反射するようなガラスの建物なのだということはわかるけれど。
もっとしっかり見たいな。
だが、たくさんの人に囲まれた春馬に近づくことは出来ず、由紀は自分の席へ向かった。
「……あ、春馬からだ」
『先輩が飲みに行くぞって。ごめん、夕飯いらない』
『わかった〜』
スマホに表示されたメッセージに返信すると、すぐにごめんのスタンプが送られてくる。
二人でお祝いしたかったけれど、仕方ないよね。
みんなお祝いしたいよね。
由紀はマンションの近くの牛丼屋さんで夕飯を食べてから帰ることに決めた。
その夜は春馬に会う前に眠ってしまった。
翌朝はバタバタしながら出勤し、仕事中は春馬と話す機会がなく、由紀がコンペ作品を見せてもらえたのは夜。
「……え? これって」
デザイン画のコピーを見せてもらった由紀は、見覚えのあるデザインに驚いた。
「あぁ、由紀の空間を広く見せる方法のおかげで高評価だったよ」
特に社長がすごく気に入ってくれてと嬉しそうに話す春馬に、由紀はデザイン画を返す。
『これ取り入れてもいい?』
確かに春馬にそう聞かれた気がするけれど、まさか完全にコピーされるだなんて。
あれは金沢出張へ行った時、駅前のねじられた門の柱を見て考え出した私のオリジナルだった。
いつか自分がコンペに参加できるようになったら使いたいと思っていた案だったのに。
「ホントに由紀のおかげだよ。ありがとう」
「あ、……うん」
春馬がコンペで優秀賞になったのは嬉しいけれど、なんだか素直に喜べないのは自分の心が狭いのだろうか?
「実はあの作品を会社が社外コンペに出したんだ。それで模型を造らないといけないんだけど、手伝ってくれないかな?」
「えっ?」
「由紀がデザインしてくれた部分をどうやって立体で作ったらいいのかわからなくて」
頼むよとお願いポーズをする春馬に、由紀は戸惑った。
自分で作れない、想像できないものをデザインとして出しちゃうなんて、そんなのアリなの?
理想を追い求めすぎて実際に作ったら強度が足りなくなるからボツだという経験はあるけれど、模型も造れないようなデザインじゃダメじゃないの?
「少しだけでいいんだ。造り方を教えてくれないかな」
「……造り方、なら」
社長も専務も期待しているコンペなんだと必死で頼んでくる春馬を見た由紀は渋々頷いた。
「ありがと、由紀!」
抱きしめられてキスをされてもなんだか嬉しくない。
モヤモヤした気持ちを抱えた由紀は、なかなか寝付くことができなかった。




