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その直前の瞬間

この街は、眠らない。


ねじれた塔、どこにも繋がらない空中回廊、

完成しているはずなのに、

どこか未完成に見える建築物が並んでいる。


ネオンの光が壁面を走り、

空には無音のドローンが規則正しく巡回していた。


人々は足早に歩く。

立ち止まる者は少ない。

考えるより、流される方が楽だからだ。


レン・アオキは、その流れの中にいた。


目立たない服装。

中途半端に閉まったジャケットのジッパー。

左右でわずかに長さの違う袖。


彼は昔から、こうだった。


決断が遅いわけではない。

選ばないことに、慣れているだけだ。


交差点に差しかかり、

レンは自然と足を止めた。


理由はない。

ただ、止まった。


そのとき、空を見上げた。


数羽の鳥が、ビルの隙間を横切っていた。


――そして、止まった。


落ちない。

羽ばたきもしない。


まるで、

「飛ぶ」という動作だけを忘れたように。


周囲の人間も気づき始める。


「上昇気流だろ」

「よくある現象だ」


そう言う声が聞こえた。


だが、レンは感じていた。


風は、吹いていない。


違和感を抱えたまま、歩き出す。


数ブロック先で、

空気が歪んだ。


爆音はない。

だが、空間そのものが緊張している。


一人の男が、地面から浮かんでいた。


身体は硬直し、

目は見開かれ、

口元は歪んだ笑みを作っている。


周囲では、

アスファルト、標識、瓦礫が

意思を持つかのように回転していた。


「ヴェールドだ……」


誰かが呟く。


男は叫んだ。


言葉ではない。

積もり続けた感情そのものを吐き出すような声だった。


次の瞬間、

持ち上げられた車が群衆へ向かって飛ぶ。


レンは反射的に動いた。


近くにいた少女を突き飛ばす。

車は彼らのすぐ横を通過し、

建物に激突した。


悲鳴。

混乱。


空から、装備を整えた部隊が降下する。


黒いスーツ。

白い直線的なライン。

表情の見えないヘルメット。


――《レジスター》。


「対象を確認。距離を保て」


拡声された声が響く。


レンは、戦いを見ていなかった。


人を見ていた。


部隊の中の一人が、

ほんの一瞬、動きを止めた。


武器を下げる。

ヴェールドと目が合う。


恐怖が、そこにあった。


次の瞬間、

別の方向から放たれた一撃が

男の胸を貫いた。


浮遊は止まり、

瓦礫は一斉に落下する。


静寂。


人々は口々に言う。


「危険だった」

「仕方なかった」

「これでいい」


レンは、

動けずにいた隊員から目を離せなかった。


「君」


声をかけられ、腕を掴まれる。


「近くにいたな。見ていただろう」


レジスターの職員だった。


「証言が必要だ。

あのヴェールドは、最初に攻撃したか?」


レンは口を開き――

閉じた。


昔から、そうしてきた。


波風を立てない。

選ばない。

沈黙する。


真実を語れば、誰かが傷つく。

黙れば、世界は回る。


「……分かりません」


その瞬間、

胸の奥に、安堵が広がった。


不思議なほど、心地よかった。


「了解した」


職員は去る。


だが、

何かが終わっていない。


視線を上げる。


空には、まだ鳥がいる。


止まったまま。


「……いつからだ?」


レンは呟いた。


「こんなふうに、

物事が終わらなくなったのは」


「――ずっと前からだよ」


振り向くと、

一人の男が立っていた。


明るい色のスーツ。

作られたような笑顔。


「レン・アオキ。

君は、選ばなかっただけだ」


「……何もしていません」


男は、静かに頷いた。


「だからこそだ」


「今日、初めて――

世界が君に応えた」


空で、

一羽の鳥が、わずかに震えた。


まるで、

答えを待っているかのように。

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