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五話 攻略準備〜幼馴染②とのお買い物デート〜



「……はぁ。憂鬱だ…………」


 空、曇り。湿度、高めでじめじめ。気分、憂鬱。


 そんな、気分最低最悪なお天道様と僕なんて視野にも入れず、帝都レイブンの街は今日も今日とて賑やかだ。


 その中でも、露店街は一層活気に満ち溢れていた。

 帝都の中心、十字に交差する大通りにあるこの露店街は揃わない物は無いと名高い。文字通り、服、アクセサリー、書物、食べ物、剣、武具、宝具、何でもござれ。

 まだ朝の早い時間だと言うのに、客引きの声と品物を見定めるお客さんの声で入り乱れるのは、この露店街が帝都で最も品物が扱われる場所だからだろう。


 まるで、お祭り騒ぎである。


 それは、家の幼馴染も例外じゃなく、それはそれは楽しそうに買い物を満喫している様で…………。


「メディー! この服どお?」

「うん。いいと思う」

「……ちょっとメディー? さっきからそればっかじゃない? もっと可愛いとか、こっちがいいとか、メディーの好みを教えてよ!」


 両手に系統の違う服を持ちながら、頬を膨らませて近寄って来たフユが僕に上目遣いを送って来る。


 確かに、うん……まぁ、可愛いよ? その右手に持ってる花柄のレースが入った白のワンピースとか、フユの赤い髪に映えて凄く良いと思う。


 しかし、しかしね、フユ…………。


「僕達、ただ買い物しに来た訳じゃないよ? フユ。まさかとは思うけど、目的忘れてないよね……?」

「勿論、忘れてなんかいないわ! ずばり、デートよね!」

「ずばり、違うけど……?」


 きりっとした顔で堂々と言い切ったフユだが、全くもって違う。


「えー、デートじゃないのぉ……?」

「違うねぇ。塔攻略に向けての材料調達だねぇ」


 そう、僕達が露店街に足を運んだ目的は材料調達である。


 全ては、扉でフユに殴られ僕が意識を失ってしまったが故に……目を覚ました時には、既に幼馴染三人は〈冥府の塔〉に旅立ってしまっていた後だったが故に……。


 だから、こうして僕達は足りない頭数を補う為のアイテムを調達しに露店街にやって来ている。

 断じて、服を選びにやって来た訳でも、決して、デートしにやって来た訳でもない。


「だ、だから、そんな可愛い顔しても駄目です……。媚びる様に鳴いても駄目なものは駄目です……」

「メディーのけち!」

「はいはい……。けちでも何でもいいからその服戻しておいで? 今度、時間ある時だったらデートでも何でも付き合ってあげるから……」


 言って、むくれたフユの顔が花の様にパッと咲く。

 くるりと距離を取る様に一度ターンして、顔まで持ち上げた服の隙間でフユは照れ臭そうに目を逸らした。


「言ったわね……? それ約束だからね……?」

「うん。約束」


 頷いて、それを見たフユは一目散に人混みの中へと消えて行く。


 ここは素直に……可愛かった。

 その後の、隙間のない人混みをモンスターの攻撃と置き換えて躱して行く姿は何とも可愛いらしくなかったけれど……。


「昨日の〈嘆きの仮面〉との騒動でも思ったけど、皆着実と化け物度を上げてるよねぇ……」


 近くのお店の品物を物色しながら、幼馴染達の成長に僕は歯痒い気持ちになる。

 本音としては、あまり早く成長しないで欲しい。


「強くなるのはいい事だけど、どんどん上の人達に目をつけられるのが問題……あ、おじさん! これいくら?」

「三万だ」


 品物が置かれた赤、青、黄の敷物。

 その内の赤の敷物の上で、指輪型の宝具——収納指輪(ストレージリング)を見つけた。


 掘り出し物だ。三万なら、ギリギリ適正価格……。

 

「んー、欲しいけど、別に今必要かって言われると……」


 腕を組み、宝具の手持ち事情を鑑みる。

 はっきり言えば、必要ない。あって困りはしないけど、なくても別に困らない代物だ。


 ……うん。残念ながら、今回は縁が無かったと言う事で……。


 手に取った収納指輪を赤の敷物の上に返し、僕は収納指輪を諦めようとして——その存在は、『そこに』捩じ込む様にして突然現れた。


「僕が買ってあげようか?」


 隣を見れば、長身の男が立っていた。

 左右焦点の合っていない白目で僕を見下ろし、不器用に笑う口は何処か嘲笑に見えて、深く被ったフードの外に零れた長い黒髪が僕の頬を撫でた。


 冷や汗が、頬を伝って行く。


「あ、ごめんね。お節介だったかな……?」

「……いえ、ありがとうございます。気持ちだけ貰っておきますね」


 強ばる顔を、僕は何とか笑顔で繕う。


 警戒は怠らない。隙を見せれば飲み込まれる、そんな嫌な予感がある。何に、とは正確には分からないけど……。


「……えっと、貴方は?」

「あ、そうだよね。まず、自己紹介だよね」


 勇気を振り絞り、僕は相手の情報を聞き出そうとして、しかし、その選択が誤りだったと直ぐに気づく。


「僕は、ヘンリー=ロッテ。《魔天》のリーダー、そう名乗れば分かるかな?」

「っ!?」


 僕の顔を覗き込み、男が名乗って、瞬間、僕の全神経が警笛を鳴らした。


 その警笛の正体は——後ろから放たれた猛烈な殺意。


「【炎凍域】——氷化」


 寸前の所、その場から飛び退いて、直ぐに僕がいた場所を巻き込んでヘンリーが凍り付く。


 それをやったのは僕の後ろ、手を翳し、全身から冷気と怒気を放出させるフユだ。


「ナイス判断フユ! 一先ず逃げるよ!」


 僕は、この千載一遇の瞬間を見逃さない。フユの手を引き、今すぐこの場から、あの男から逃げ出そうとして——気づく。


「……駄目。逃げられない……っ」


 直ぐ隣り、僕とフユをヘンリーが見下ろしていた。


 刹那、氷の壁が形成されるのと、ヘンリーが爆炎に包まれるのは同時だった。


 だけど、それでも尚、届かない。


「……酷いじゃないか。僕、まだ何もしてないよね?」


 氷の壁の向こう側、その正反対の場所、僕とフユの背後でヘンリーは依然として無傷でそこに立っていた。


 一言で言えば、不気味。得体の知れない、ふわふわとした実体のない存在と相対している様な感触。

 それでいて、強大。体内から漏れ出すマナエーテルの量がレレイちゃん並だ。


 導火線にまだ火は付いていないと、そう思いたい。ここは慎重に……爆薬を扱う様に接する。


「確かに、何もしてない。……でも、国家転覆を図った犯罪者クラン、元S等級《魔天》のリーダーなんて聞いたら、無理な話だよな……?」


 そう、相手は犯罪者だ。それも、かつて帝国の王、グレイ王の首を狙った大犯罪者集団のリーダー、『魔王』ヘンリー=ロッテ。

 攻略者としての実力も、あの《聖域》のリーダー、アノス=オルバードと肩を並べた程だと言うのだから疑いようもない。


 今、帝国で最も危険な人物が誰なのかと聞かれれば、誰もが目の前の人物を名指しするくらいだ。


 だから、僕は全身全霊の警戒態勢を取り、フユもまた腰部に備え付けてある鞘から剣を抜いた。


 しかし、直ぐに「降参だ」とヘンリーは両の手を頭上に上げた。


「確かに、これは僕が軽率だった。謝罪しよう。すまなかったね」

「……は?」


 予想の外側、素直に謝罪されて、分からなくなる。


 焦点の合っていない瞳、感情なし。笑み、依然として不気味。顔の強ばり、なし。


 ……読めない。目的が戦闘でないなら、強力な領域を持つフユが目的でないなら、この人の目的は一体……。


「僕の目的が気になる、そういった顔だね」

「……うん。貴方は一体、何が目的で僕達に接触して来たんだ? それも、僕とフユしかいない時に」


 まぁ、僕達が全員揃っていない時に接触して来なかった理由に関しては理解出来る。

 相手の目的は恐らく、戦闘ではなく話し合いだ。

 穏便に話し合いを進める上で、《無域》全員はあまりにも血の気が多すぎるから。


 だから、僕とフユだけの時に接触して来た。それは理解出来る。だけど……何故、僕達なのか。


「君は、自分を弱く見せるのが上手いね。僕はその理由を理解しているし、君が隠している秘密も知っている」

「……何を、言って……」

「うんうん。そうだね。分かるよ。……でもね、此処では隠さなくていいよ! 気づいてるよね?」


 確かに、僕もフユも、気づいている。


 店の前、氷化でフユがヘンリーに攻撃を仕掛けたというのに、フユが業火でヘンリーを焼いたと言うのに——誰も、悲鳴を上げていない。


 大勢の人でごった返す露店街だと言うのに、一つも。


 それも、その筈だ。

 だって、ヘンリーが両手を広げた何処にも、僕達以外、この露店街には人一人としていないのだから。


「此処は、僕の領域の中! 僕達は今、別の世界にいる!」


 狂気じみた笑みで、ヘンリーが曇天を仰ぐ。


 そして、今度は世界にではなく、僕とフユにその狂気を向けた。


「だから、どうか、話し合いをしようじゃないか。お互い、《《知っている側》》の人間の筈だ」


 両手を掲げたまま、焦点の合っていない目に僕達じゃない景色を映しながら、不気味な笑みを浮かべながら、ヘンリーが歩みを寄せて来る。


 だけど、それでも、残念ながら僕達のスタンスは変わらない。


「で、要件は? 何もないなら、とっとと解放してくれない? 私達、デートの途中なんだけど」


 剣先をヘンリーに向け、堂々とフユが言って退ける。

 なんか、しれっとデートとか言ってるけど……。


「まぁ、そう言う事らしいので、今日の所はお引き取り願ってもいいかな? ヘンリーさん」


 今の所、僕達にあのヘンリー=ロッテに適う術はない。

 だけど、()()()()()()()()、相手が此方に手を出して来る可能性は極めて低い。


 流れでフユの啖呵に合わせてしまったけど、多少、強気に出ても問題ない筈…………。


「…………………………………………」


 だよね……………?。


「…………………………………………」


 え、えっと………………。


「……あぁ、分かるよ」


 よし、乗って来た!。


「うんうん。良く、分かった。一先ず、今日の所は帰る事にするよ」


 掲げた両手を下ろし、ヘンリーは何処か残念そうに顔から笑みを消した。


 その姿に思わず、僕は「意外とあっさり解放してくれるんだ」なんて安堵を口にして——直ぐに後悔した。


「あぁ……そうだ。君に言いたい事があったんだ」


 言われて、次の瞬間、全身が粟立った。ずっと焦点の合っていなかった目と、目が合った。


 感情の見えない、ひたすらの闇を宿した黒瞳。そのおぞましさに、異質さに、僕は……僕達は恐怖した。


 故に、ヘンリーが次に取った行動のおぞましさに、異質さに、恐怖に、より拍車が掛かった。


 ——『魔王』が、自分の両目を抉った。


 抉り、取った。

 片手に一つずつ、自分の眼球を躊躇いもなく潰し、服の中から二つの眼球を取り出して、それを血の滴る窪みに押し込んだ。


 そして——ギョロりと、赤と青の魔眼が世界を見た。


「君を、ずっと見ているよ。何処にいても、何をしていても、ずっと、ずっと、ずっと、君を見ている。見守っている。僕だけが、君を見放さない」


 言って、直後、音を立てて世界が割れる。


 偽りの空が割れ、建物が割れ、地面が割れ、ヘンリーの体さえも割れて、その破片は青の魔眼に吸い込まれ、本物の世界に貼り付けられたはりぼてが次々と消失して行く。


 割れて、吸い込まれて、割れて、吸い込まれて。


 世界の消失と、ヘンリーが消失する最後——赤の魔眼が僕を見た。


「また会おう。世界に混沌が齎された、その後に——」


 丸い石ころ——青の魔眼だった物が地面の上に落ちた。


 まだ朝の早い時間だと言うのに、今日も今日とて露店街は客引きの声と品物を見定めるお客さんの声で入り乱れていた。


「何ぼーとしてるの、メディー? て、何それ……石?」

「……何でもない。行こっか」

「うん! デートデート!」

「だから、デートじゃないって……」


 拾った石をズボンのポケットに、腕を組んで来たフユと僕はデート、否、塔攻略に向けての材料調達を再開した。


 ……何か、大事な事を忘れている様な気もしながら……。





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