三話 呼び出し〜僕の幼馴染④は良くも悪くも素直過ぎる〜
「……フユ=レーベル。また腕を上げた様だな」
「久しぶりだね、レレイちゃん。そんなレレイちゃんの方も……相変わらず規格外な様で何よりだよ」
「良く言う。領域も無しに剣一本、しかも、たった十二太刀で破りよって……」
印が押された二枚の依頼書、基、受注書を絶望の顔で眺める僕を他所に、久しぶりの再開を攻略者にとって一番嬉しい言葉文句で祝い合う二人。
一度、外の方を見つめたフユを、僕には何一つとして要領の得ない事柄で賞賛の言葉を送り、レレイちゃんが肩を落とす。
今、何かありましたっけ……?。
「違う違う。この私が十二太刀も掛かった、だよ? あれからかなり修羅場は潜ってきたつもりだけど、前との差はたったの二十五太刀……これはかなりの屈辱だよ」
「……憎たらしい自信と才能だな。こっちが屈辱だ……」
恐らく、外の結界についてだ。
レレイちゃんが此処、攻略者協会の建物に張り巡らせてある結界をフユが破った、という話なのだろう。
しかも、十二太刀……。三ヶ月前、三十七太刀で破った時と比べて、家の化け物一匹は更に化け物度を上げたらしい……。
「所で、良かったのか? 実力的には申し分ないが、貴様らのクランは全員で五人……A塔級二つをそれぞれで攻略となれば、かなり厳しい気もするが」
「……え? それぞれ?」
「大丈夫大丈夫。期限は守るし、腕を上げたのは私だけじゃないから」
「ちょ! ま、待って。き、期限……?」
「……まぁ、それならいいが」
狼狽える僕を置いてけぼりに、勝手に話が進んで行く。僕の話、全く聞いてくれない……。
だから、自分でこの疑問を解消する他なくて、僕はその解消を先の受注書に委ねた。
二つの受注書を手に取り、交互に視線を入れ替え、二人の会話から拾った『それぞれ』と『期限』、その後者に当て嵌る攻略期限日時を確認した。
そして、絶望した。
「…………あ、本当に終わった……」
入れ替えた視線の先、二つの受注書の期限日時が同一だった。しかも、五日後だった……。
正反対の位置にある〈銀鉄の塔〉と〈冥府の塔〉。物理的障害を無視し、一直線に線を結んだとしても距離にして丸四日。幾ら幼馴染達が強くても、A塔級の塔を攻略するには早くても二日から三日は掛かる。
つまり、二つの塔を攻略するには五人バラバラで挑む他にない訳で……。
「これ、どうすんの……?」
いつだって、僕にとって最悪なシチュエーションを作り出して行くのが僕の幼馴染達だ。
そしてこういう場合、普段見せない協調性を発揮するのもまた僕の幼馴染達で——ばんっと、協会長室の窓が勢いよく開いた。
「よッ。……決まったかぁッ? 決まったんならとっとと行こうぜッ」
僕とフユの正面、レレイちゃんから見れば背後、協会長室の窓に足を掛けて、ベガ君がそこにいた。
ここ、五階の筈なんだけど……。てか、フユもそうだけどベガ君が何で此処にいるんだよ……。まさか……。
「お邪魔すんでぇ、レレイはん」
「お、お邪魔します。ひ、久しぶり、れ、レレイ」
予想的中。メメちゃんとテオ君が真っ当な入出方法で扉から姿を現した。
これで、幼馴染クラン《無域》勢揃いである。
最悪だ……。あぁ……頭痛がぁ……。
「…………良く私の前に顔を出せたな?」
何が最悪かって、レレイちゃんは僕の幼馴染とすこぶる仲が悪いのである。
犬猿の仲、なんて比にならない程に……。
「焼死、水死、圧死、斬死……死に方は選ばせてやる」
案の定、レレイちゃんの態度が豹変した。
立ち上がった小さな体から膨大な熱量が放出され、山の様に机の上に積まれてあった書類が協会長室に巻き上がる。
空間を歪ませる程のそれは、レレイちゃんの怒りその物であり、レレイちゃんが保有するマナエーテルの残量だ。
普通、塔のボスモンスターでも空間を歪ませる程のマナエーテルが放出される事は滅多にないんだけど……。
流石は領域の中でもトップクラス、英雄等級【魔導域】の使い手、〝変幻自在〟レレイ=レイナーレ。
そんな彼女にも、僕が知る限り一つ敗北がある。
苦渋の決断を強いられ、直接的ではないにしろ最悪の形で喫した敗北が。
「その飄々とした態度、今すぐ絶望一色で染め上げてやろうテオ=ジーザスッ!!」
そう、相手は僕の幼馴染、テオ君である。
〝変幻自在〟の異名を持つレレイちゃんの手数をも上回る戦力を用い、攻略者協会の従業員を人質に取り、街の中で暴れ回った《無域》の攻略者資格永久剥奪の処分を白紙に覆した伝説の男。
それがテオ君で、レレイちゃんの憎き相手である。
……もう、帰ってもいいかな……?。
「ご、ごめん。で、でも、やめた方が、い、いいかなって」
「は? それは、何か……? 私が負けるから止めた方がいいと、そう言っているのか……? 貴様、殺されたいのか?」
テオ君から投げ掛けられる真を射た煽り文句に、レレイちゃんの顔から怒り以外の感情が消える。
否、それは怒りを超えた感情——殺意と呼ぶべき物だ。
しかし、生憎とテオ君にレレイちゃんを煽るつもりは毛頭ない。純粋たる素だ。
優しい一面も、仲間思いな一面も、感情移入しやすい一面も、それ等一切合切を台無しにしてしまう程の、テオ君の超がつくほどの素直さなのだ。
故に、テオ君は周囲から良く不興を買いやすい。
「ご、ごめん。で、でも、レレイは僕に勝てないよ?」
その煽り文句にしか聞こえないテオ君の素直な言葉に、ベガ君が口笛を吹き、フユが不敵に笑い、メメちゃんがテオ君から距離を取った。
次の瞬間、協会長室に五つ、光が迸った。
「【魔導域】——炎凍風水雷」
突き出した掌。合わせて、レレイちゃんの周辺に【魔導域】特有の陣が五つ展開され、瞬きの内に、膨大なエネルギーが射出される。
炎、凍、風、水、雷。属性の異なる五つの自然エネルギーが僕の横を抜け、扉の前にいたテオ君に襲い掛かって——その一切合切、テオ君の手前で霧散した。
「ね? か、勝てないでしょ?」
「……き、貴様……そ、そいつは……っ」
感情の窺えない目でテオ君が首を傾げ、正面、信じられない物を見た、そんな顔で後退り、躓いて椅子に腰掛けたレレイちゃんの顔がテオ君じゃない《《何か》》をその赤瞳に映して青ざめる。
そんな放心状態のレレイちゃんを他所に、テオ君は扉がある方へと振り返り、取っ手に手を掛けた所で足を止めた。
振り返り、不器用な笑みを浮かべたテオ君が僕を見る。
「そ、そろそろ、い、行こ? と、塔の攻略の準備、し、しないとでしょ?」
「…………そうだね。皆、行こっか」
駆け出しの攻略者に敗北した熟練攻略者。そんな彼女を気遣った、テオ君の優しい一面を表した言葉。
恐らく、僕にしか見抜けない内面だ。他の幼馴染達はきっと、いつもの様に『此奴、やりやがった』とイカれた兄貴分に感銘を受けた心境だろう。
だから、僕は僕だけしか知らないテオ君の一面に微笑んで、扉を開けたテオ君の背中を追った。
そんなテオ君の隣には、奇妙な紋章の刻まれた目玉が浮かんでいて、ぱちくりとウィンクされた。
……吐きそう…………。