二話 呼び出し〜僕の幼馴染②は本能と脊髄がくっついている〜
攻略者とは何か。金銀財宝、この世ならざる力を秘めた宝具、富、名誉を求めて塔を登る者達の事だ。
ならば、塔とは何か。一言で言うなら、未知である。
いつから存在しているのか、何故存在しているのか、何処から来ているのか、その一切が不明。
何十年、何百年、何千年、数多の研究者達がこぞって塔の解明に挑み死力を尽くしてはいるが、未だ塔の核心に足を踏み入れた者はいない。
ならば、攻略者協会とは何か。国が設立した、攻略者の為の国家機関だ。
塔についての情報収集・共有を攻略者達に取り計らってくれる文字通りの攻略者の為の機関、それが攻略者協会、通称『攻協』で。
攻協は今、僕が最も足を踏み入れたくない場所だ。
「単刀直入に言う。貴様らが破壊した街の修繕費、稼働していた店のオーナ達から届いた賠償金、計四二○○万。今直ぐ支払え、メディル=ディアネス」
「…………はい」
だって、此処に来ると毎回怒られるから……っ。
それも、僕よりずっと年下の女の子——の様に見える——攻略者協会帝都支部協会長、レレイ=レイナーレ。レレイちゃんに。
しかし、そんな幼女の見た目に騙されては行けない。
執務用の机の前、今も協会長室の如何にも高そうな椅子にちょこんと腰掛ける、めっちゃ幼女だとしても——一度、あのベガ君を負かせた元ベテラン攻略者だ。
「でも……今、お金が……」
「ならば、手配してやる。〈冥府の塔〉か〈銀鉄の塔〉、どちらか選べ」
「……それ、僕の記憶違いじゃなければどっちもA塔級……」
プラチナプロンドの髪を指先で弄りながら淡々と言われ、その冗談とは思えない真剣な面立ちに、僕の額から冷や汗が滑り落ちて行く。
塔には、危険度を表す塔級が存在する。
攻略者から集めた情報を元に、攻協が定めた攻略者の攻略可能塔級でもあるそれは、下からF塔級、E塔級、D塔級、C塔級、B塔級、A塔級、S塔級。
例外として、それ以上の塔級が定められる事もあるが、事実上の最高塔級はS塔級だ。
よって、レレイちゃんが僕に提案するA塔級の塔は上から二番目。僕達、B等級の攻略者が集まる《無域》よりも一つ分高い——攻略推奨外塔級。
「レレイちゃん。もしかして、僕達に死ねって言ってます?」
「そう聞こえなかったか? 塔の攻略に関してだけは優秀な貴様らだか、それ以外は問題児……そこらのごろつきと何ら変わらぬ。塔の攻略が何より生甲斐な貴様らにはお似合の末路、そう思わぬか?」
くるくるくる、ぱっ、と弄っていた髪の毛先を手放し、怖い笑みを浮かべるレレイちゃん。
その姿が、あまりにも恐ろしく感じたものだから、僕は躊躇いもなく男のプライドを投げ捨てた。
「思わないです! 僕は、まだ生きていたいです! どうかご慈悲を!」
「!?」
すなわち——土下座した。
僕と幼馴染達の命が掛かっているのだ。幾らでも地面に頭を擦りつけるし、何なら靴だって舐める。
それだけ、攻略推奨外の塔に挑むのはやばい……。
的を射ているのだ。攻協が定めた攻略可能塔級と言うのは、攻略者の実力を表す等級と規定人数の六人を元に攻略可能ギリギリで設定されている。
その的中率……つまり、攻協の情報を元に攻略者が塔を攻略出来る確率は72.5パーセントと、七割オーバー。
よって、攻協の見立てはかなり的を射た物で、だからこそ、レレイちゃんのこの提案はやばくてまずい……っ。
何せ、攻略者が攻略推奨外の塔に挑んで攻略出来る確率 、及び、無事に帰って来られる確率は——5.2パーセントと、一割にも満たない。
……ね? 土下座するしかないでしょ?
「お金なら何とか集めて払います! あ、帝都で今人気の茶壺庭の和菓子も用意しましょう! ですから、何卒ご再考を! レレイちゃん!」
一度、頭を上げてからお願いして、狼狽えた表情を浮かべていたレレイちゃんにもう一度、僕は土下座した。
ゴンっ、と鈍い音が協会長室に響き渡る。
めっちゃ痛い……。けど、ここは我慢……。ここまでしたんだ。僕の誠意、レレイちゃんにならきっと届いて——。
「いらんしならん。これは、決定事項だ」
「………………」
届かなかった。
顔を上げれば、幼女が浮かべる表情とは一線を画した仏頂面で、冷たい眼差しでレレイちゃんが僕を見下ろしていた。
「……そっか。これが、僕の攻略者人生の最後なんだね……」
土下座の体制から一変、僕はこの世に絶望しながら地面に突っ伏した。
終わりである。これが僕の夢の終着点……。こんな事になるんなら、皆を止めるべきだった。いや、まぁ、止まらないんだけども……。
そう、僕が半ば夢を諦め掛けた所で、レレイちゃんが溜息を吐き出した。
「……さっきのは冗談だ。私も、資格のない奴に資格はやらんよ」
髪の毛先を弄りながら。目線を下に向けながら。頬を赤く染めながら。
………………つまり。
「レレイちゃんって、ツンデレなの?」
体を起こしながら言って、次の瞬間、レレイちゃんの顔が茹で上がった。
「誰がツンデレだッ! そんな訳なかろう……! 言った通り、資格のない奴に資格はやらん。……な、なんだその顔は! そ・れ・だ・け・だ!」
一層、顔を赤くしたレレイちゃんが声を荒らげる。しかし、説得力が皆無だ。
今の今まで、僕は思い違いをしていたのかもしれない。
攻略者協会長という立場がそうさせているだけで、レレイちゃんは誰よりも心優しい……。
「そう、僕の天使……!」
「そうか。貴様も奴らと同じ狂人だったか……」
恍惚とした笑みを浮かべる僕を、椅子と共に一歩引いた顔でレレイちゃんが蔑む。
だけど、それも、これも、あれも、今までの苦い記憶全部が優しさ故だったとすれば……もう、僕に怖いものはない。
だって、レレイちゃんはツンデレだから。
「気持ち悪い顔をしておらんでとっとと決めろ。私も暇ではない。貴様が決めぬなら勝手に決めるぞ」
「待って待って! ちゃんと選ぶから!」
ひらひらと、二枚の依頼書をひらつかせたレレイちゃんに僕は慌てて待ったの声を荒らげる。
溜息混じりに渡された二枚の依頼書を片手に一枚ずつ。
目線を落とし、交互に視線を入れ替え、僕は目を通して行く。
〈銀鉄の塔〉。A塔級。
テーマ、ダンジョン。系統、硬度。構成階層数、五層。
塔ボス——【最高硬度】アントレットキング。
〈冥府の塔〉。A塔級。
テーマ、廃城。系統、死霊。構成階層数、三層。
塔ボス——【死霊ノ王】リッチ。
「……なら、僕は——」
目を通して、その結果、僕は幼馴染達と比較的相性が良さそうな〈銀鉄の塔〉を選ぶ事に決めた。
依頼書を机の上に置いて、僕は服の襟から《無》と描かれたシンボルバッチを外す。
そして、よく見れば二層になっているそれを捻って二つに分けた。
クランのシンボルとして作ったバッチ。その隠された用途を——朱印を、僕は〈銀鉄の塔〉の依頼書に押した。
同時——ふっと、花の甘い香りがした。
嫌な予感がした。そして、こういう時の僕の感は素晴らしい事に的中率一〇〇パーセントを誇る。
「あれ? 一つ忘れてるよ?」
眼前、いつの間にか僕の手元から消滅していた朱印が、ふっと視界の端で湧いて出た手の中で——〈冥府の塔〉の依頼書に印を押していた。
恐る恐る隣を見れば、フユがいた。
幼馴染の中で二番目に人の話を聞かない、僕の気持ちとか頑張りとか何も考えてくれない、本能と脊髄がくっついた様な超常人種、フユ=レーベルが「ね?」と僕に同意を求める笑顔を浮かべてそこに立っていた。
……………………終わった。