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一話 【無域】=《無域》〜幼馴染①②③④は傍若無人過ぎる件〜




「メディル=ディアネスさん、貴方の領域は【無域】……つまり、無能者です」


 そう鑑定獣師から告げられたのは、僕がまだ五歳の頃だった。


 家に招いたモノクルの似合う小獣族(猫族)の鑑定獣師。

 種族的に発現しやすい領域、【鑑定域】。加えて、鋭い感覚を持つ小獣族がなる鑑定獣師である彼等の見立ては、世間一般的に絶対とされている。


 幼い僕でも、その鑑定結果が間違っていないのだと直ぐに理解出来たのは、そんな鑑定獣師に観てもらったのが大きかったのだと思う。


「……そっか」


 だから、僕の口から零れたのは泣き言も怒号でもなく——納得だった。


 薄々、分かっていたのだ。僕に領域が開花する事はないのだと。


 何せ、同い年の幼馴染達に領域が開花する兆しがある中、僕には何の兆しも見られなかったから。

 次々に、幼馴染達に領域が開花し始めたから。


 だからこれは納得で、僕が彼らと交わした約束、『塔を攻略し、五人で英雄になろう!』なんて夢を諦めるには十分な理由だった。


 幼馴染の五人中一人、僕だけが無能者、つまり【無域】だった。


 そんなの、もう諦めるしかなくて、だから——。


「よっ」

「いや、何で殴るのぉお!?」


 僕は自分の気持ちを幼馴染達に打ち明けて、直ぐにぐーぱんが飛んで来た。


 そして、団結力なんて欠片も持ち合わせちゃいない幼馴染達がこの瞬間だけは口を揃えて、僕にこう言った。


「諦めるとか戯言はいいから、お前、俺らの頭張れや」

「それいい! メディなら適任だよね!」

「基本、ウチら脳筋やしねぇ。ええんやない?」

「さ、賛成。メディルなら、や、やれると思う」


「いや、何で……?」


 十五年が経った今でも、この日の事をまだ夢に見る。

 そして、この夢を見るときは決まって、僕はこの一言と共に目を覚ますのだ。


 ——太陽と青空と入道雲。


 自室、ベットの上にて、それを呆然と眺めながら。


「いや、本当に何で……?」





■ ① ■






 照り付ける太陽! 青く澄んだ青空! 空を泳ぐ入道雲! そう、今日も今日とて世界は美しい!。


「じゃ、ないんだよなぁ……」


 自室、ベットの上、刳り貫かれた天井を呆然と仰ぎ見る僕の思考は完全に停止していた。


 何も考えたくない。

 だって、意味不明である。懐かしい夢を見て、気分良く目を覚ませして見れば、そこには天井のないマイルームだ。


 控え目に言って、誰がやったんだよクソ野郎!と、胸倉を掴みあげて怒鳴りつけたい所だが——今この瞬間、気が変わった。


 ふと、周りを見て、僕は気づいてしまったのだ。


 ——壁、破損。床、破損。家具、ズタボロ。


 何の気なしに見た自分の部屋の中、壁や床はひび割れ、色々拘った家具達も地面の上で砕けたり割れたりしていた。


 ビフォーアフター。なんて言う事でしょう~。あの綺麗な部屋は見る影もない……。


 こないだ製作し、天井に取り付けた電光灯器だけがちかちかと灯りを灯し、地面の上で儚くも転がっていた。


「…………ぶっ殺すっ!!」


 こめかみの血管ぶちり。僕の中で怒りが大爆発して、僕はまだ見ぬ犯人に宣戦布告ならぬ死刑布告を言い渡す。


 とは言え、現状、何一つとして犯人の手掛かりがないのが実情……一先ず、情報が欲しい。


 今、手に入る情報は一つ。この抉り取られた様な、今は無き天井の痕跡くらいだ。


 そこから考えられるのは物理系統の領域だが、数多の攻略者が集まるこの帝都レイブンでは物理系統の領域保持者なんて者は五万といる。


 犯人を絞り込むには、まずこの帝都で目撃者を探す必要があるだろう。面倒だが、聞き込み調査というやつだ。


 だがしかし、幸いと言ってその必要がない事に——僕達には敵が多い。


「……クラン《嘆きの仮面》。【巨化域】のイズ=ワルドか」


 額に指を打ち付けて思考を加速させ、記憶の中の情報を洗えば直ぐに犯人に至る。


 絞り込み方は至って単純。消去法だ。


 現在、僕達と敵対しているクランは全部で三つ。


 一つ目は、敵対というよりかはライバル関係に近い《煉獄神威》。

 二つ目は、ここ二月ほど何の音沙汰もない《剣狼》。

 三つ目は、今最も僕達とバチバチにやり合っている《嘆きの仮面》。


 よって、消去法。《嘆きの仮面》、彼等の中で物理系統の領域を持つ者は三人だけだ。

 【巨化域】のイズ=ワルド。【覇道域】のボン=ボイド。【抜刀域】のエリオル=ナーレ。


 この中で最も殺傷力があって、この抉り取られた様な跡を残せる領域保持者はたった一人しかいない。


 つまり、イズ=ワルド、あの豚野郎だ。


「まさか、クラン本部に襲撃を仕掛けて来るなんて……。いよいよって言うか、なんて言うか……本当、怖いもの知らずだよね……」


 もし、この事が幼馴染達に知られたら……なんて、考えたくもない。頭が痛い……。


 額に掌を押し当て、文字通り痛む頭を抑えながら、僕はこの惨状をどうにか出来ないか改めて自室に目を向けて見る。


 今は亡き天井と所々ひび割れた壁と床、砕け散って床に散乱した元家具達。

 夜には、満点の星空が拝めそうなこのボロボロの部屋を。


「………………うん。無理」


 僕は、これ以上何も考えない事にした。


 面倒臭いから、どうせ面倒な事になるから、無駄な思考は放棄したのだ。


「いや、一先ずやれる事はしよう! 証拠隠滅! その後は知らん! なるようになれ!」


 ベッドから降りて、僕は寝巻きの袖を捲る。


 せめて、時間稼ぎくらいはして上げよう。それがあの豚野郎に掛けてあげられるせめてもの情けで、僕の攻略者人生最後の大仕事だ。


 だから——どうか、嘘だと言ってくれ……。


「これやぁ、どういう状況だぁ? メディルッ」


 僕の部屋の中、僕の後ろ、燃える様な熱を帯びた存在はそこに立っていた。


 気づいた時には、後ろにいた。


 音もなく、何なら匂いや存在感すら消して、人間という種族から逸脱し化け物へと進化を遂げた僕の幼馴染——ベガリアル=アーテがいた。


 このベガ君こそ、僕がバレたくなかった相手第一号である。何なら、幼馴染達の中で一番バレたくなかった相手がこのベガ君と言っていい。


 何せ、キレやすく、言葉よりも先に手が出るタイプ。正しく、制御不能の猛獣だ。


 だからこそ、そんな猛獣の住処を荒らした者の結末は、小さな子供でも簡単に理解出来てしまう。


 例外なき——死だ。


 振り返れば、案の定、その特徴的なギタギタの歯を覗かせ、僕の事を見下ろす翡翠の瞳は憤怒に燃えていた。


 あぁ……消えたい……。


「もう一度聞くぞッ。どういう状況だぁッ? これはッ」

「…………えっと……あ! そうそう! 突然、隕石がね、ドカーンて空から降ってきたんだ!」


 我ながら、何て見え見えな嘘だろうか。隕石が落ちた痕跡なんて何処にもない。というか、本当に隕石が落ちて来たのだとしたらここら一帯が消し飛んでいる。


 僕の部屋を見渡したベガ君が、髪を苛立たしげに掻き毟り、溜息を吐き出す。


 僕のついた嘘が破綻して、僕が頼りにならないと分かるや否や、ベガ君は鼻を鳴らした。


 そして、一瞬でバレた。


「………………見つけたッ! ワルドの野郎の仕業かッ! 今直ぐ出るぞッ! メディルッ!」

「ベガ君! ちょっとま——」


 嬉しそうに、狂気的なまでに頬を釣り上げたベガ君。そんな、ベガ君の肩に僕が手を伸ばすよりも早く——風。


 いや、それは暴風。否、それは嵐だった。


 僕を嬲りつけて行った膨大なエネルギーは、そう呼ぶべき他にない大質力を伴って——僕を、帝都の空へと攫って行った。


 家の屋根を足場に、帝都中を疾走するベガ君によって。


 眼前、押し寄せる風の暴力に僕の顔が歪む。髪の毛はどこぞへ吹き飛び、体はくの字に折れ曲がるが、何のその。


 僕の事なんて微塵も配慮せず、ベガ君は嬉しそうに笑って家の屋根を蹴る。さっきからタップアウトしているが、何故かその度にスピードが上がる。


 流石は、化け物である。

 こちら側の常識が通用しない。話も通用しない。


 塔に潜り、戦闘に明け暮れた日々を過ごした影響か、マナエーテルの摂取が原因か。


 …………いや、元からだった。


「見つけたッ!」


 突然、ベガ君が声を荒らげて、瞬間、僕の体がくの字に跳ね上がる衝撃。


 僕の体の耐久力なんて全く気にもせず、地面を踏み抜き、ベガ君が帝都の街の何処かに着地した。


 絶対、今の骨逝った……。めっちゃ痛い……。


 と、同時に、被害を被ったのは僕だけじゃない。


「攻略者だ! どっかの馬鹿がおっぱじめやがったぞ!」

「逃げろ逃げろ! 巻き添え食うぞ!」


 街の人達が悲鳴を上げて、帝都の南——《嘆きの仮面》のクラン本部の前から逃げ出して行く。


 ベガ君の脇の中、僕は痛みに悶えながら何とか顔を上げる。


 直前、ベガくんの言っていた事が確かなら、正面、きっと探し求めていた相手がいる筈だから。


「……な、な、何でテメェらが此処に……っ!?」


 ビンゴ。

 地面の上、醜い豚が、イズ=ワルドが転がっていた。


 真っ青な顔で、丸々太ったお腹の上で美しい女性二人を庇う様に倒れ込んでいる。


 人のクランハウスを、僕の部屋を吹き飛ばして置いて……何て、いいご身分なんだろうか。


「怖い顔……。メディには似合わないわね」

「……て、フユ!? どうして此処に……」


 瞬きの内の一瞬の事。膝を折り、僕の顔を覗き込んでいたのは幼馴染——フユ・レーベルだ。


 驚きに声を上げる僕に、立ち上がったフユがその乱れた真っ赤な髪を耳に流しながら言う。


「ベガやメディと同じ理由かな。それに、私だけじゃないわよ?」

「……え……?」


 フユの言葉に、僕は嫌な予感がした。


 しかし、この場合〈氷獄の塔〉を攻略しに出向いていた筈のフユがいる時点で、それは確定したも同然だった。


「ウチらがおらん思てかしらんけど、よーやってくれたのー、おデブちん」


 家の屋根、誰かが飛び降りて、僕達の前に全身真っ白の着物に身を包んだ見目麗しい女性が着地する。


 そんな彼女もまた、僕の幼馴染の一人——メメ=ネメア。


「ぜ、全面戦争、そ、そういう事でい、いいのかな?」


 続いて空の上、太陽に被さった影が勢いよく僕達の前に飛来する。


 爬虫類特有の特徴的な目。獲物の命を瞬時に刈り取る鋭い歯。空を自由自在に翔ける二つの大翼。体内の熱が、無数の鱗に覆われた漆黒の体表にまで露出する程の膨大なエネルギー。


 人はそれを、生物の頂点——竜と呼ぶ。


 そんな生物の頂点たる竜に跨っているのが、これまた僕の幼馴染——テオ=ジーザス。


「……う、嘘だろ……。ま、まさかの勢揃い、かよ……」


 イズ=ワルドが、悲鳴にも似た声を漏らす。


 何か、可哀想になって来た……。でも、もう遅い。僕の幼馴染達はこうなったら人の話をこれっぽっちも聞かない。僕の話も聞いちゃくれない。


 というか、聞いてくれた試しがない……。


 それが僕の幼馴染達。自己中心的で、我が強く、その我を通すだけの絶対的な力を持った唯我独尊野郎達。


 だから、僕達は畏怖を込めてこう呼ばれる(僕は除いてね?)。


「敵襲だ! 《無域(ノーエリア)》が来たぞ!」


 その領域、立ち入るべからず。そのクラン、手を出すべからず。ルール破りし者、跡形も残らん。


 故に、ノーエリア。


 意味は後付けで、誰かが勝手に付けた物だ。

 本当の意味は、幼馴染達が【無域】な僕を気遣って付けてくれた、僕を世に知らしめる為の名前。


 無能者の僕を、『英雄の頂へと連れて行ってやる!』、そんな幼馴染達の優しさが籠った大切なクラン名だ。


 だから、僕も少し、ほんの少しだけ怒っている。


「皆、やるよ。僕達のクランハウスを滅茶苦茶にしてくれた奴らだ。徹底的に——蹂躙しよう」


 ベガ君の脇の中、自分でもダサいなぁと感じながらも顔とセリフだけは格好よく決めて言う。


 すると、僕の幼馴染達はこういう時だけは決まって意見を揃えて来る。


「何だ何だッ! 乗り気じゃねぇかッリーダー!」

「そう来なくちゃね、リーダー!」

「メーちゃん、それこそリーダーやね」

「り、リーダー、か、かっこいいよ?」


 そして、そんな幼馴染達に対抗する様に、《嘆きの仮面》のクランハウスから——涙を流した髑髏面、気味の悪い面を被った者達がぞろぞろと姿を現した。


「全面戦争じゃ! 《無域》共!」

「クランハウスまで出張って来て、ただで帰れると思うんじゃねぇぞゴラァっ!」

「今勢いのあるクランだか何だか知らねぇが、餓鬼共が調子乗ってんじゃねぇぞ! テメェらの攻略者人生、此処で終わらせてやらぁ!」

「あいつらぶっ殺すぞ! お前らァ!」


 と、ヤクザ顔負けのドスの聞いた声で怒鳴り声を上げて来る《嘆きの仮面》の精鋭達。


 剣。刀。短刀。槍。弓。盾。


 その手には、各々の領域に合った武器が握られている。

 中には判断材料の薄い素手の者もいるが……まぁ、全部含めてどうでもいい。というか、どうにもならないだろう。


 それだけ、僕の幼馴染達は強い。それも理不尽な程に。

 これは誇張でも慢心でもない。《無域》は近い未来、この帝都で十指に食い込むクランになるだろう。


 攻略者レベルは全員がBと新参にしては高く、サシでならSランクの攻略者と互角かそれ以上にやり合える実力だってある。

 領域等級だけなら、帝都最強と謳われるあのアノス=オルバードと同等級の領域持ちだって家にはいる。


 だからこそ、僕はこう思うずにはいられない。

 幼い頃、五人で志した夢が叶う日も決して遠くない未来なんじゃないかって。


 その夢を叶える為なら、僕は何だってする。

 その果てに、五人の夢、英雄の頂へ至れるのなら。


「【嵐域】ッ!」

「【炎凍域】!」

「【星域】」

「か、【傀儡ノ域】」


 次の瞬間、帝都レイブンに膨大なエネルギーが席巻した。



 ……勿論、無能な僕は何も出来ないので、それを建物の陰からただ見ていただけだった……。











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