『速記者とオオカミと羊』
速記者が羊を飼っていました。羊はおとなしい生き物ですし、めえめえ言う以外は、それほど悪さもしないのですが、速記者にとっては、原文帳を食べてしまうのが問題でした。
羊は、臆病な生き物ですから、いつも周りを警戒していますので、きちんと見張っていれば、原文帳がそのへんに置いてあったとしても、食べてしまうことはありません。しかし、速記者の姿が見えなくなると、食べてしまうのです。
もちろん、新しい原文帳だったら、まだ何とかなりますが、速記した後反訳が済んでいない原文帳を食べられたら、その羊を食べてやろうかと思うくらい腹が立ちます。というか、困ります。腹が立たなくても、時がたてば羊はいつか食べますし。
速記者の羊に、オオカミが忍び寄りました。速記者は、オオカミが羊に少しでもおかしなそぶりを見せようものなら、プレスマンでぶすぶす刺してやろうと思っていたのですが、どっこい何もしないのです。
速記者は拍子抜けでした。プレスマンを隠し持って、オオカミを監視し続けましたが、何日たっても、何もしません。速記者は、次第にオオカミを何とも感じなくなってしまいました。いえ、それどころか、オオカミがいると、羊が原文帳を食べにこないので、ありがたいとすら思うようになっていました。
そんなあるとき、速記者は、速記の仕事をするために、家を留守にしなければならない日がありました。冷静に考えれば、オオカミがいるのに、羊を置いていっていいわけがないのですが、気の迷いといえば気の迷いです、オオカミが見ていてくれるから、羊をそのままにしていってもいいような気がしてしまったのです。
結果は、想像のとおりです。羊は無残にも、オオカミに食べられてしまいました。速記者は、かわいそうというよりも、もったいないと思いました。
教訓:悪いことを計画的に行うやつに、善良な者がかなうわけがない。