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 千郷は幼い頃によく、青一郎と百里の後ろについて森を探検した。


 この姉弟は早くから職人としての片鱗を覗かせていた。そんな彼らは植物の知識を教えてくれる先生だった。


 青々とした木々、色とりどりの花々。森に入る度、豊かな自然に恵まれたこの村に来ることができて本当によかったと思う。季節ごとに表情を変えるそれらは何度見ても飽きない。


『子どもの頃みたいに森へ行かないか。かんざしの材料採取もしたいんだ』


 この日も朝のお祈りをした千郷は、後から来た青一郎に誘われて森へ入った。一度家に帰り、朝食をとって女の童たちを連れて。


 幼い頃から通っている道を並んで歩いた。お互いに大きさの違う籠を背負って。


 こうして二人で歩いていると、体の大きさが随分違うことを思い知らされる。


 袖をまくりあげた青一郎の腕は太く、血管が浮いている。その腕に抱き寄せられたらきっと逃げられない。力強いというのもあるが、それ以上に────


「千郷?」


「はい」


「顔が赤いぞ」


「え!?」


 顔に出ていたらしい。ニヤけていなかっただろうか。千郷は熱くなった頬をぐにぐにと押さえた。


「歩き過ぎたか? すまない、いつも一人か姉貴と歩いているから」


「姫様、お水を。休憩してください」


 千郷の心の内はのぞかれなかったようだ。彼女は黄玉が差し出したサタ製の水筒を受け取った。


 黄玉は他の女の童たちにも水筒を配った。一番汗をかいている青玉を近くの岩に腰掛けさせる。


 青一郎は青玉の近くにひざまづくと、火照った頬を大きな葉っぱであおいだ。


「先日の猪はこの辺りで狩ったらしいぞ」


「お三方が?」


「あぁ。今日もやってるらしい。近頃は鹿が多いから駆除も兼ねて狩るそうだ」


「本当に勇ましいですね」


「そうだろう?」


 青一郎は幼なじみである彼らのことを褒められ、自分のように誇らしげだ。年齢は少しずつ離れているが、よい友人なのだろう。


「ところで千郷たちはどうするんだ? 皆で籠を持ってきて……」


「籠の材料を取りに来ました。小物入れを作って売ろうかと」


「よく働くなぁ……。俺のわがままで来てもらってるのに仕事もするなんて」


「何もしないのは性にあわないんです」


 そう言って千郷はさっそく茂みの前にしゃがんだ。


 低木に侵入し、隠れるように伝っている蔓。平たく、一定の太さでどこまでも伸びている。


 千郷は蔓の生え際を見つけると、籠の中から小刀を取り出した。土の上で茎を切り、途中で千切れてしまわないようにするするとほどいていく。


「ほー、スズラか」


「さすが兄様ですね」


「俺も植物を扱うしなぁ。姉貴も弟も……」


 青一郎は千郷の横にしゃがみこんだ。低木が咲かせた花を手折ると、彼女の頭に当てた。


 それは真っ赤なアザリー。五枚の花びらは先に向かって細くなっており、長いめしべとおしべがとび出ていた。


「兄様……?」


「お前の黒髪は白も似合うが、赤も映えるな」


「ありがとうございます……」


「これは紅玉にやろう」


 近くで地面をなでている彼女の頭に挿す。彼女は頭を手でペタペタとさわって花に気が付くと、はにかんだ。


 千郷がスズラを採取している間に、青一郎はアザリーの花の色違いを探した。朱色に近い赤、色素をぎゅっととじこめたような桃色、目が覚める白。白い花を見つけると、嬉々として採取し始めた。


「今な、花を乾燥させてかんざしに貼り付けてみようと思ってるんだ。それを千郷に一番最初に使ってほしい」


 彼は口元を丸く上げ、彼女の目の前に花をちらつかせた。


 彼のかんざしは人気で、千郷ももちろん好きだ。そんな彼の新作を誰よりも早く使わせてもらえるなんて。


 千郷はせっかくほどいたスズラから手を離した。


「私でいいんですか?」


「むしろお前がいいんだ。お前の髪は美しい……。きっとなんでも似合う。それに約束しただろ?」


 あまり褒めるものだから再び顔に熱が集まってきそうだ。


 ”そうですかね……”と小さくつぶやくと、スズラの切れ端を見失って焦ってるふりをした。少しでも顔を見られないようにしたかった。






「おーい、白玉。村の奥まで来すぎちまったみたいだ。引き返すぞ」


「はーい」


 この森を抜けると隣村に出る。彼らに出くわしたら何をされるか分からない。事実、玄吾の父は隣村の連中に殺されたと聞く。


 明確な境界線があるわけではないが危険な目に遭わないように、と神里(かむり)が決めた。


 籠の木の実を跳ねさせながら白玉が走ってくる。青一郎は小さな彼女を受けとめると、他の女の童たちと合流させた。


「材料はある程度採れたし、そろそろ帰るか。腹も減った」


「よかったらごちそうしますよ」


「っしゃ! 千郷の飯を食べられるなんてな~」


「いつもつまみぐいしてるじゃないですか……」


「いつもは野菜だろ」


 千郷はスズラをいっぱいに詰めた籠を背負った。今日の昼ご飯は何にしよう。今まで青一郎がつまみぐいして特に好評だった野菜を記憶から引っ張り出す。


 隣で薬草を籠いっぱいに詰めた青玉がひっくり返りそうになり、慌てて支えてやった。

 



 ひゅんっ。




 千郷の足元で何かが風を切った。小刀でも落としてしまったのだろうか。腰を落とそうとしたら青一郎に腕を取られた。


「動くな……っ!」


 切羽詰まった声に口をつぐむ。恐る恐る彼を見上げると、彼は鋭い眼光を突き刺していた。


 見たことのない、殺気を含んだ表情。千郷は視線だけ落とすと、足元にあるものを見て息をのんだ。


「矢がっ……!」


「姫様! 青一郎様!」


 女の童たちもただ事ではないと気が付いたらしい。千郷たちの元へ走り向ってくる。


「来てはダメ!」


「お前たちは逃げろ!」


「でも……」


「姫君には俺がいる。必ず追いつくから先に逃げてくれ!」


「分かりました!」


 真っ先に駆け出したのは黒玉だった。他の女の童たちと違い、振り返ることもためらうこともなく。


 千郷は青玉の背中を強く押し出し、”早く”と急かした。彼女は眉を落としてこちらを何度も振り返ったが、白玉に連れられて走り始めた。


「一体何が……」


「分からん。ただ、ウチの村のモンではないだろうな」


 神永一族が使う矢の矢羽根はうっすら青みを帯びている。


 千郷の足元に刺さった矢は、ところどころ赤が混ざった漆黒の矢羽根。


 禍々しさをはらんだそれを見ると、背中に嫌な汗が伝う。千郷が唾を呑み込むと、矢から引き離された。


「千郷、離れるなよ」


「はい……」


 青一郎は千郷の手を取ると背中に隠した。辺りに目を光らせ、腰に提げた小刀をゆっくりと引き抜いた。


 不穏な空気に、陽の光が差し込んでいた森が暗くなっていく。鳥のさえずりも消えていく。


(兄様だけでも無事に……!)


 千郷が強く念じると、真正面から低木を飛び越えた鹿が現れた。


 立派な角を持った牡鹿だ。よく見ると臀部に水色の矢羽根の矢が突き刺さっている。


「……邪魔だ! どけ!!」


 悪態をつきながら見たことのない男が現れた。不健康そうな目の下の濃いクマ、熊のような巨躯。古びた毛皮を簡単にまとっただけの彼は、大きな刀を振り上げて鹿の首を切り落とした。


「きゃっ……!」


 狩りを目の当たりにしたのも、見るからに怪しい男を見たのも初めて。千郷は腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。


 男は青一郎たちの姿にボロボロの歯を見せ、再び刀を振り上げた。


「……敵! 見つけたり!」


 野太い声と共に、男と青一郎たちの間に短い槍が投げ込まれた。それは目にも止まらぬ速さで、男の爪先スレスレで地面に突き刺さる。


 まるでそれに追い出されるように、茂みから二人の男が現れた。一人目の男より小柄だが、大体同じような格好をしている。


「覚悟!」


 木の上から小さな鹿が飛び降りたのかと思った。


 短い白髪をなびかせながら木刀で男に斬りかかる勇ましい女人。敵相手だというのにその瞳はらんらんとしていた。まるでいい力試しだと言わんばかりに。


「おっと。一人だけ逃げられると思うな……よっ!」


 反対方向へ走ろうとした男が木に縫いとめられた。よく見ると花のような形をした鉄製の武器が、毛皮ごと幹に突き刺さっている。これを扱えるのはこの村で一人しかいない。


 気づけばその本人が木の上で片膝立ちをしていた。紅緋色の長い髪が風で揺れている。


「くそっ……!」


 熊のような男は悪態をつき、懐から何かを取り出した。細長く、銀色に光る針のような。


 青一郎は籠を盾にしようと背中から外す。


 熊男は針を三本ほど指と指の間に挟み、黄色く崩れそうな歯を見せた。そして彼らに向かって腕を振る。


「……ぬんっ!!」


 しかし、針は二人に到達する前に消え失せた。大きな岩が青一郎の前を通過し、大きな音を立てて地面に落ちた。その衝撃で真っ二つに割れ、粉塵が上がる。


「大事ないか二人とも!」


「あ、あぁ……。助かったよ」


「礼ならこの子らに。必死に走ってきてお前たちの危機を知らせてくれたのだ」


 背中に槍を吊った玄吾が後ろを振り返った。そこから小さなかたまりがぼろぼろと現れた。


「姫様ぁ~……」


「黒玉……! ありがとうね」


「姫様たちが無事でよかったです~……」


「心配かけてごめんね」


 千郷は真っ先に駆け寄ってきた黒玉と青玉を抱きしめた。玄






「余計なことをしてしまったか?」


 女の童たちと抱き合う千郷のことを見ていたら、背後に気配を感じた。


 木の上にいた朱月だ。手にしていた手裏剣を懐にしまっている。


 彼は友人が危機一髪だったというのに、口の端に笑みを含ませていた。


「どういう意味だよ」


「かっこいいところを見せる好機を奪ってしまっただろ」


「あ……それもそうだな。何してくれてんだよ」


「すまんすまん」


 冗談交じりに脇腹を突くと、朱月は笑いながらその手をはたいた。






 玄吾と白里は三人の男を森の外へ追い出した。


「無益な殺生は好まん。我々に敵わないと分かったならさっさと帰れ」


「二度と来るなよ。次はないと思え」


 獰猛な獣顔負けの気迫。二人に凄まれた男たちはそそくさと逃げていった。


 その後ろ姿を睨みつけた後、白里は玄吾のことを見上げた。


「よかったのか。父上の仇をとるいい機会だっただろ」


「そんなことをしても父は帰ってこぬだろう」


「それもそうだが……」


「白里はいささか血の気が多い。平和的な考えを持つのも悪くないぞ」


 諭され、不満げな顔をした彼女の頭をクシャクシャとかき混ぜる。年頃の娘にすると嫌がられるが、白里はまんざらでもない顔になる。狩りの時には見せない子どもっぽい表情を見ると安心する。


 戦士としては立派だが、人として何かが欠けてしまっている。弟は神職に就いているのだし、姉である彼女にも道徳が身につくといいのだが。


「玄吾様、白里様」


「ん? 黒玉? ほんにお手柄だったぞ! おいで、肩に乗せてやろう」


 足元でいつの間にか黒玉が見上げていた。彼女は玄武が手を伸ばすと嬉しそうに飛び跳ねた。脇腹に手を差し込むと持ち上げ、肩に乗せてやる。


「白里もどうだ?」


「バカ言え。白玉は乗りたいようだけどな」


 白里の後ろでは白玉がうらやましそうに見上げていた。


 どれ、と玄武は片手で彼女を持ち上げ、空いた肩に乗せてやった。彼の肩は村の幼子たちの人気の遊び場だ。


「ところで黒玉。何か用があったんじゃないのか」


 玄武がこのまま森を駆け抜けようとしたのを止める。この男は体が大きければ足も長く、足の速さは白里ではとても追いつけない。


 黒玉は白玉とはしゃぎ合っていたが、白里の声にハッとして玄武の髪を掴んだ。


「先ほどの襲撃を神里(かむり)様に報告致しましょう。嫌な予感がします……」


「大丈夫だ、そのつもりでいた」


 玄武はうなずくと腕を突き上げた。


「さぁ! 神里(かむり)様の元まで競争だ! 行くぞ白里!」


「なにが競争だ! この筋肉バカ!」


 最初の一歩で負けは確定している。一気に加速するものだから玄武の背中はみるみる遠くなっていく。


 彼女はため息をつくと、朱月たちの方へ振り返った。











 神里(かむり)がいる神殿に訪れた千郷たちは、揃って板の間でかしこまった。


 千郷のすぐそばでは青一郎があぐらをかいている。彼は森を出る時からずっと横を離れようとしない。その後ろには女の童たちが横一直線に並んでいた。


 彼らの横では玄武たちが並んであぐらをかいていた。


 この神殿では村の祭りに使う神具を保管している。


 神里(かむり)の後ろにはシャーキという木の枝や御神酒が供えられていた。ここで神里(かむり)は毎日祈りを捧げている。


 他には薬草を煎じて保管したり、白夜や朱里が神事の勉強をするのに使っている。


 神里(かむり)の横にはそれぞれ白夜と朱里が控えている。二人とも、安堵の表情を浮かべている。


 しかし、その真ん中で長は眉間に皺を寄せていた。


神里(かむり)様。先ほどの襲撃ですが……もしかすると千郷を狙ったのかもしれません」


「千郷さんを?」


 青一郎の見解に白夜が人一倍早く反応した。その速度と必死さに、状況が状況だというのに朱里はニヤけた。朱月も口元を覆って下を向いている。


「おそらくな。あいつら、俺たちの攻撃をかわしてもやり返すことはしなかった。千郷だけをずっと狙っていた」


 それまで黙って話を聞いていた神里(かむり)は、眉間の皺を一層深くして重い息をついた。


「正確には千郷の血だろう」


「私の血、ですか?」


「隣村では昔から言われていることだ……。霊力が強い者の血は不思議な力を持つのだと。そのせいで今までの神里(かむり)たちは何度もヤツらに狙われた。お前は代々の神里(かむり)の容貌によく似ている。分かる者には分かるだろう……」


 重い空気がたちこめる。


 千郷もゾッとして肩を抱く。見ず知らずの者たちに狙われるのも恐ろしいが、血を狙われるなんて。ただ長に似ているだけで。


「それならちーちゃんに護衛をつけましょう!」


 重い空気を割るように朱里が手を叩いた。


「いいわよ、そんな。申し訳ないし」


「そんなこと言ってもしもの時どうするの!?」


「じゃあ僕が……」


「白夜。悪いがお前には神事をやってもらわねばならぬ。それに腕っ節もないだろう」


「う……」


「俺が護衛になろうか?」


 朱月が手を上げた。そんな兄を見た朱里は、わざとらしい声であごに手を当てた。


「青一郎さんが適任じゃないのかなぁ」


「俺?」


「幼なじみなんですよね。ちーちゃんもその方が安心するかなーって」


「ぶっ」


「……何笑ってんだ朱月」


「……ふっ、なんにもない」


 鍛錬組の内の一人が沈み、青一郎は細目になった。


「千郷には青一郎がつくとして……。神里(かむり)様も護衛をつけた方がよいのではないでしょうか。歴代の神里(かむり)には護衛がついていたのですよね」


「私には必要ない。この二人には必要なことを叩きこんである。……だが、この二人にはお前たちがついてくれないか。こんなことが起きた以上、二人が狙われないという保証はない」


「もちろんです。神里(かむり)様が万一の場合もお任せください」


「ボクもです。この村に迎え入れてくださったあなたには、簡単に死んでほしくありません」


 白里は拳を板の間に押しつけ、神里(かむり)の前でひざまづいた。朱月もほほえんでうなずく。


「……私はおまけでよいからな。お前たちはきょうだいを守ることを第一に考えろ」


 神里(かむり)は膝の上で拳を握り、震える声を放った。

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