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特別エピソード:Empty world(sideB)

「いらっしゃいませ。ご注文は?」


「和風フィッシュバーガーを一つ。それと、店員さんのバイト後の時間をちょっと。」


「あ、私今日、あとバイト2時間…」


「待ちます。」


「…分かりました。列を外れてお待ち下さい。」


 その客は言葉に従い、列を外れる。少しして注文していたハンバーガーを受け取り2階の席へと向かった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 少女は吐息で冷えた手を温める。自動ドアが開く音。そこから出た人物を確認すると、彼女は早足でそちらに向かった。


「お疲れ様です。谷川先輩。」


「店の中で待ってれば良かったのに。」


「夕食時ですよ?そんな長い間席を占領する訳にはいきません。」


 二人はゆっくりと歩き始める。しばらく無言で歩いていたが、谷川先輩と呼ばれた少女が…谷川美波が隣を歩く少女に問いかけた。


「こうやって一緒に帰る為だけに、2時間も待ってくれたわけじゃないですよね。」


「そうですねー。」


「…清水さんのこと、ですね?」


「まぁ、そりゃ隠せませんよね。そうです。清水さんの話をしに来ました。先輩、気にしてたみたいなので。保健室登校を始めたみたいです。」


 二人の言う浦木というのは、清水さやか。谷川美波が昨年度まで通っていた、神名東高校附属学院の中等部に所属する少女。彼女は、同級生である水野雫という生徒と恋愛関連のいざこざを起こし、


「そうですか。その割には、みのりんの表情が良くないですね。まだ続きがあるから、ですか?」


「鋭いですね。この保健室登校は、あくまで転校先でのことを考えての対応みたいです。」


「転校前提、なんですね。」


 二人はまた、無言で歩き続ける。途中で公園に寄る。ベンチに座るが、二人ともまだ口を開かない。少しして、その空気に耐えかねたように美波が立ち上がる。


「ちょっと、お手洗いに行きますね?」


「あ、はい。」


 返事を聞いた美波は、そのまま急ぎ足でトイレの方へ向かって行った。数分して戻ってきた彼女は、手に二つの缶ココアを持っていた。「待たせちゃいましたね。」と言いながら片方をみのりに差し出す。「気にしなくて良いですよ。押しかけたのは私なので。」と返事をしながら、彼女は差し出されたココアを受け取る。少し缶を握り、カイロのようにして指先を温める。


「話の続きですけど。正直、清水さんは危うい状況かもですね。転校する一番の理由が、自分を許せなくなりそうだからだそうです。」


「…転校しても、根本の解決には…」


「はい。だから、危ういかもって。」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 事件のあらましはこうだ。さやかは、同性ながら雫に想いを寄せていた。それを打ち明けたさやかは、雫から幼馴染である土屋歩夢に想いを寄せているから、さやかの想いに応えることは出来ないと告げられた。それを、自分を拒否する為の嘘だと勘違いしたさやかは、衝動的に雫を押し飛ばしてしまった。その結果、雫は体勢を崩してしまい、手首を捻挫してしまった。怪我の程度としては、骨折するよりかは軽いかもしれない。だが、怪我の程度ではなく、怪我をさせたという事実が重要なのだ。雫は、クラスの中心にいる人物。そんな彼女を怪我させたとなれば、クラスメイト達からの追求は避けられない。それが恐ろしいことに思えて、さやかは逃げてしまった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「水野さんが清水さんの為に、事件の詳細をクラスメイトに話してないってことも、結果論としては悪手でしたね。」


「怪我をさせて、何のお咎めも無しで。それを受け入れられるような子だったら。ここまで塞ぎ込むこともなかったでしょうからね。」


 そして、雫の怪我のタイミングとさやかが不登校になったタイミングが重なっていたことから、犯人はさやかではという噂が校内に広がってしまっていた。さやかの罪悪感により、雫の配慮は水の泡となってしまった訳だ。


「水野さんのメンタルも、彼氏君がいるからなんとかって感じだけど…転校のことを知ったら、ちょっと病んじゃうかもですね。」


「妹達に、何かあったら教えて欲しいとは頼んでいますが…これは、ケアも頼んだ方がいいでしょうか?」


「その過程で情報が事前に漏れるのもあんまりなんで、よくないかもですね。情報が漏れたら、転校する前に本当の話を知りたいって子が保健室に突入するかもですし。それに…」


「…水野さんが会いに行ったら、それはそれで、ですか。」


「はい。」


 二人は考え込むように黙る。誰かが明確に悪人で無い以上、考えても満点の答えは出ないという結論に至り、ため息をつく。


「それに。残念ながら、私たちはまだまだ子供ですからね。」


 そんな、みのりの吐き捨てるように言った言葉には、どうしようもない諦めが詰まっていた。そんなみのりを、かける言葉を探すように見つめる美波。その視線に気付いた彼女は、バツが悪そうに作り笑いを浮かべる。そのまま、少し冷えた缶ココアを飲み干す。


「暗い話、し過ぎましたね。話題変えましょ。ずっと先輩に聞きたかったことがあるんですよ。私のこと、みのりんって呼びますよね。それって何でかなって。」


「…私、保育園にも幼稚園にも行けてなくて。人見知りだったというか…まぁ、今も完全には治ってないけど。それでも、大事な友達にも出会えたから、勇気を出して人と関わってみようと思ったんです。その一歩として、仲良くしたいと思う人には私なりのあだ名で読んでみようかなって。妹達からも言われるんですけど、センス無いですよね。」


「私は好きですよ。みのりんって呼び方。仲良くしたいって思ってくれるなら、そろそろタメ口で話しかけてくれても良いんですよ?」


「みのりんだって敬語じゃないですか‼︎」


「私は後輩だから良いんです。香月先輩にはタメ口なんだし、タメ口自体が無理な訳じゃないですよね?それとも、やっぱり私は香月先輩より下ですか?」


「うぅ、その言い方は酷いよ、みのりん…よし‼︎分かった‼︎そのかわり、条件‼︎」


「ほぅ。聞きましょう。」


「私のこと、美波か美波先輩って呼んで‼︎」


「今の内に慣れとけって意味ですか?」


「…まぁ、そういう意味もありますね。」


「なら、遠慮なく。これからもお願いしますね。美波先輩。」


「こちらこそよろしくね。みのりん。」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


塩谷みのり…家事万能な神名東高校附属学院中等部3年。初等部時代に父が他界し、その寂しさを埋めるかのようにいろんなことに手を出すようになる。


谷川美波…神名東高校1年。あかりとともりという双子の妹がいる。母の鈴音は、紆余曲折を経て元夫の有吾と再婚予定。


水野雫…神名東高校附属学院中等部1年。幼馴染である男子と一緒にいることが多かった為、男女問わず友人となる。その結果、クラスの中心に。


清水さやか…神名東高校附属学院中等部1年。雫に想いを寄せるも、ちょっとしたすれ違いから怪我をさせてしまう。

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