特別エピソード:Empty world(sideA)
蝉が鳴いている。半袖で露わになった肌に突き刺さる日差しに、聴覚を通して追い討ちをかけられるような感覚。腕時計を見ると、集合時間の5分前。手をうちわ代わりにして首元をあおいでいると、待ち合わせの相手が現れた。
「あっ、影山さん‼︎もしかして待たせちゃった?」
「大丈夫です。私も今来たところなので。」
月美は、暑さを忘れたかのような明るい笑顔を浮かべ、小走りで舞の方へ向かう。
「改めまして…こんにちは。木村さん。」
「うん。今日は誘ってくれてありがとう。じゃあ、行こっか。影山さん。」
二人は肩を寄せ合い、目的地へと向かった。
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「じゃあ、なんというか…乾杯。」
「うん。乾杯。」
2人は軽くコップを突き合わせる。控えめな音が空間に響く。
「お互い、神名中央に合格出来て良かったよ。」
「私の従姉妹も合格したみたいです。」
「確か、金城仁美さん、だっけ?有名な着物屋の娘さん。」
金城仁美。鎌倉時代から続く由緒正しき呉服屋の娘。彼女には愛という仲が良い姉がおり、そちらが家を継ぐ予定のようだ。仁美は愛が家を継いだ際、隣で彼女を支えていくのだと予想されている。
「それじゃあ、影山さんは金城さんと青春を過ごして、私のことは方っておくんだね…」
「ちょっと木村さん‼︎誰もそんなこと言ってないじゃないですか‼︎」
「冗談だって。でも、せっかく同じ高校に受かったんだ。仲良くしてくれたら嬉しいな。」
「はい‼︎こちらこそ‼︎」
そんな二人の前に、注文していた料理が運ばれてくる。舞の前にはボロネーゼ、月美の前にはチキンのレモンバターソテー。
「いただきます。」
二人は手を合わせながら言う。そしてそれぞれの料理へと手を伸ばす。
「んん‼︎ふぉいふぃい‼︎」
「もう、木村さんったら。食べながら喋らないで下さい。はしたないですよ?」
そうは言いながらも、眩しいものを見るように目を細めて笑っていて。舞は恥ずかしそうに口の中を空にすると、彼女は会話を続ける。
「あとは、影山さんと同じクラスになれたら最高なんだけどね。」
「なれなくても、会いに行きます。」
「ほんと?ありがと。」
そう言う舞の声は、どこか気の抜けたもので。月美もそんな態度を見逃さなかった。
「私といるの、嫌、ですか?」
「へ⁉︎そんなことないよ‼︎どうして⁉︎」
「さっきのありがとうが、少々生返事に聞こえたと言いますか…」
「そんなことない‼︎…とも、言い切れないかも。」
舞は申し訳なさげな表情を見せる。そんな表情のまま、舞は言葉を続ける。
「影山さんの言葉はありがたい。そこに嘘はないよ。でもさ、自信が無いんだ。クラスが離れちゃったら、影山さんの心がクラスメイトの方に向いちゃうんじゃないかって。」
「木村さん…」
「私さ。どうしても思っちゃうんだ。私に近付く人は、あの人の姪の私しか見てないのかもって…イタっ⁉︎」
真顔で舞を見る月美は、無言で舞にデコピンをする。あまりにも唐突な出来事で、舞は呆けた顔で月美を見る。その様子を見て、月美は小さくため息を吐いた。
「木村さん。怒りますよ?」
「もう怒ってるよね?」
「聞いて下さい。」
「あっ、ハイ…」
「まず初めに。さっきの、あの人の姪としてしか見てないかも、という発言はちょっと不愉快でした。謝って下さい。」
「…ごめん…」
「良いですか?木村さんは、もうちょっと自信を持って下さい。それと、自信を出せない言い訳に他人を使うのは良くないです。」
「でも…」
「でもじゃないです。私の心を動かしたのは、間違いなくあなたです。その事実は、何があっても変わりませんよ。」
「影山さん…」
舞は、何かを堪えるように笑う。
「それにしても…怒った影山さん、なんか良かったよ。新しい性癖に目覚めそう。」
「目覚めないで下さい。」
「…話すのに集中してる間に、少し冷めちゃったかな。食べよっか。」
「はい。」
一口口に運び、舞は「冷めちゃったね。」と苦笑い。そんな舞に、月美は恥ずかしげに「私は猫舌なので…正直、ちょうどいいかもです。」と返す。二人はお互いの皿のふちに自分の料理を一口分分け、交換する。それから2人はそれぞれの家族の話や、中学の頃の話などをしながら食事を進める。食べ終わった頃には、2人の将来への不安は軽くなっていた。
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木村舞…売れっ子小説家、木村啓二の姪。ライトノベルのコンクールの銀賞を受賞。しかし、自分に自信が無く、この受賞も自分が啓二の姪が故の忖度だと考えている。
金城愛…呉服屋の家系、金城家の当主候補。基本的には自他共に対して厳しいが、妹である仁美と従姉妹である月美に対してだけは甘い。
金城仁美…愛の妹。社交的な性格で、中学では生徒会長を務めていた。
影山月美…愛と仁美の従姉妹。少々オタク気味で、ライトノベルのコンクールに最年少で受賞した舞に興味を持つ。仁美に会う為に神名市に向かった際、啓二に会う為に神名市にきていた舞と遭遇。月美から話しかけ、友人になる。