特別エピソード:カグラマイ(666)
彼女は、月から地球を見守っていた。と、自分の分け与えた力に異変を感じる。
ーそう…お疲れ様。つとめ。
そう心の中で弔った後、ゆっくりと地球に向けて宇宙を浮遊した。
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月から地球に向けての移動は、ひと月をかけた大移動になった。降り立ったのは、鳥居の付近。最後に自分が来た際は未完成だったが、来たことのある場所だと理解する。久々に人間の姿になった彼女は、鳥居をくぐり境内を目指す。自分が小石を踏みながら歩く音に、遠くから聞こえる竹箒の音が重なる。道なりに歩いた末に見えたのは、開けた土地の中央にポツンと建つ拝殿。自分の足音が止まるのと同時に、竹箒の音も止まった。見ると、竹箒を持ってじっとこちらを見る30代後半らしき女性の姿。そんな彼女にどこか既視感を感じながらも、スルーして拝殿を目指す。
「逃すかぁ〜‼︎」
「なんで⁉︎」
竹箒を持った女性は、竹箒を投げ捨てて少女に向かって走ってくる。怯んだ隙に距離を詰められる。それでも身体能力の差からすれば、簡単に逃げ切れるはずだった。しかし、女性の顔にどこか既視感を感じた少女は、逃げ出すタイミングを失ってしまう。迫ってきた女性は、勢いを保ったまま少女に近付くと…ギュッと抱擁した。力強い抱擁。それでいて、苦しさを全く感じない。
「かぐやちゃん…だね…」
「そういうあなたは、まりだね。久しぶり。」
少女と女性は…かぐやとまりは、慌ただしい再会を迎えた。
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再会した2人は、拝殿の階段に座っていた。肩で息をするまりの背中に手を当てる。
「それにしても、今日は帯で縛られなくて良かったよ。」
「あの日のことは言わないの。それにしても…変わらないね。かぐやちゃんは。」
「そーいうまりは…大人になったね。」
「そんな、濁さなくて良いよ。わたしもすっかりおばあさん…いつおじょうさまを追いかけても、おかしくない歳だからさ。」
少し咳混じりな笑い声をあげる。まりは短い髪を撫でながら空を見上げる。
「何年も経ってるのに、まだ完成してないんだ。神社。」
「いーや。これで完成だよ。」
「完成…にしては、建物少ないんだけど…」
「拝殿と鳥居だけ。それで良いんだよ。ここは、神様のいない神社だから。神を葬るって字の、神葬神社。神様がいない場所で、己の中から、神様に対する甘えを葬って、自分自身の力で進むと自分自身に誓う場所。だから、神葬神社。」
「つとめが考えたの?」
「そうだよ。だからわたしは、ずっとここを守ってる。こうしてかぐやちゃんに会えたのも、そのおかげだね。」
腰に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がる。そんなまりの手を、白髪を風になびかせながらスッと立ち上がったかぐやが握る。握った手を頼りに立ち上がるまり。
「で、一番聞かなきゃいけないことだけど…何で今になって?もうちょっと早く来てくれたら…」
かぐやは、ゆっくりと首を横に振る。それを見たまりは、「…そっか…」とだけ返す。
「まり、お願いがあるんだけど。」
「…何かな?」
「つとめの子供に会わせて。」
「…良いよ。と言っても、屋敷は前と同じ場所にあるけどね。」
かぐやとまりは手を繋ぐ。そのまま、二人はゆっくりと屋敷へと向かった。
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「良い?外から見るだけだからね?」
「分かったって。それに、あなた達が私の話を広めたのが悪いんでしょ?」
「元を正せば、かぐやちゃんが何も言わずにどっか行っちゃったせいでしょ?」
「それは仕方なかったんだよ‼︎…って、まり⁉︎何で泣いてるの?」
言われるまで、自分が泣いていることに気が付いていなかったようで。何かを飲み込むように笑顔を浮かべそっと袖で涙を拭う。
「なんかね…懐かしくて、嬉しくて…」
「ふーん。そう?」
表情が見られたくなかったからか、まりの方から顔を逸らす。正直な話、かぐやにとってまりの反応は意外だった。かぐやがつとめやまりと過ごした時間は約半月。そんな短い期間を過ごしただけの自分との思い出が、涙を流すほど重要なものになっているとは思っていなかったのだ。
「で?つとめの子供は?」
「えぇとね…見当たらないなぁ…今は出かけてるのかな…」
「誰を探してるの?」
「いやね?いっちゃんを探してて…」
「ふーん?で?私に何か用事?」
「いや、私ってよりかこの子が用事があるみたいでね?…あれぇ?」
「ん?」
かぐやとまりが振り返ると、黒い長髪を靡かせる少女。
「あ…い、いっちゃん…お帰り…」
「うん。ただいま。まりばぁ。」
少女はかぐやに視線を移す。すかさず二人の間に割り込むまり。
「いや、用事あるのに何で隠すの…」
「いや、その、さ‼︎いろいろあるじゃん⁉︎」
「いーよ。まり。話す。初めまして。あなたがいとさんだね。今日はあなたの顔を見に来たの。」
「そ?」
かぐやはいとの顔を見る。顔にも気配にも、どこかつとめの面影を感じて。今回地球を訪れた甲斐があったと判断した。
「いきなりおしかけてごめんね。私は行くから。体には気を付けてね。」
「あ、ちょっとか…ま、待ってよ‼︎」
神葬神社に向けて歩き始めるかぐやに、それを急いで追うまり。そんな二人を、疑問符を浮かべながら少女は見守ったのだった。
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神葬神社の拝堂前。目に焼き付けるように周囲を見渡す。ゆっくりと歩き、ようやく追いついたまりは、その後ろ姿を見て、察する。
「また、行くんだね。かぐやちゃん。」
「うん。その前に、やることがあってね。」
「やること?」
「出来るだけ私の気配を消そうと思ってね。使命以外のことを全て忘れようと思うの。」
「そんな…嫌だよ‼︎全部忘れちゃうんなんて…今までのかぐやちゃんは、死んじゃうみたいなものじゃん‼︎」
そう叫ぶまりの姿に、若かりし日の彼女の姿を思い出す。
「そうならない為の、この場所だよ。何かがあったときは、必ずここに帰ってくる。そのときは力と記憶を取り戻す必要がある。この場所を、その鍵にする。ついでに、あの石の中にいるアイツの監視範囲を少し弄ろっかな。つとめの子孫に、いろいろ選択肢を残してあげたいしね。」
「…そっか。ちゃんと私達のこと、思い出してね。」
「うん。思い出すよ。絶対。」
まりは、かぐやの髪型をいじる。その姿は、どこか姉のようで。
「…似合ってるよ。じゃあ、行ってらっしゃい。」
「うん。行ってくる。」
光が空へ昇る。夕陽が少しずつ紫に染まる。そんな空を眺めつつ、彼女はそっと呟いた。
「もうちょっとぐらい、一緒にいてくれたら良かったのにねぇ…」




