特別エピソード:カグラマイ(中)
「何で私がこんなことを…?」
「要らないことは考えない‼︎おじょーさまの為に今日も頑張ろー‼︎」
かぐやがまりに攫われた数日後。かぐやはまりの洗濯を手伝っていた。あの岩は、つとめの家にとって大事なものらしい。故に、そう簡単に触らせる訳にはいかない。調べさせる条件として、しばらく付き人見習いとして働くことで信用を得るというものを課された。老人と二人で暮らしていた頃に家事はしていた為、技術的な問題は無かった。だが、かぐやが来るまでは一番下の立場だったまりが、かぐやという初めての後輩を得て調子に乗っているという点が気に入らなかった。
「にしてもさ。かぐやちゃんの手、すっごく綺麗だよね。羨ましい。」
「それを言うなら、つとめの手も…」
「おじょうさま‼︎」
「…お嬢様の手も綺麗じゃん。」
「そうだね。おじょうさまの手、綺麗だよね。頬擦りしたくなるぐらい。でも、あれは貴族だから綺麗なのであって。わたし達みたいな使用人としての作業をしてないから成り立ってるよね?けどかぐやちゃんの手は、わたし達みたいに家事をしてるのに綺麗だよね。そこが羨ましいなって。」
言われて、自分の手を見る。かぐやの身体は、人間のそれとは構造から異なるものだ。木のささくれに触れても怪我をすることは無い。滅多なことではそもそも傷が付かない為、傷跡が残ることも無い。多少髪や肌が汚れることはあっても、水で流せば元通りになる。まりに褒められた点は、自分が人間では無い証拠で。かぐやは、久々の疎外感を感じる。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。」
言いながら、洗った洗濯物をカゴに入れる。
「あぁ‼︎かぐやちゃん‼︎それおじょうさまのだから軽く畳んでからカゴに入れて‼︎」
「干すときに伸ばすから変わらないでしょう‼︎」
「気持ちの問題だよ‼︎」
気付かれない程度のため息をつきながら、かぐやはまりに言われた通りにする。かぐやはまりに出会った日、彼女の記憶を辿った。その際に、まりがつとめに仕える理由も知った。
二人が出会ったのは、二人がまだ子供だった頃。つとめの家のしつけが厳しく、こっそりと家出をしたときに出会った。初めての一人での外出で道に迷ってたときに出会い、屋敷に帰り着くまで話しながら歩いた。それをきっかけに、一人での外出が許可される年齢になってからは頻繁に会うようになり、まりの両親が病気で急逝した際に付き人として迎え入れて今に至る。
そんなきっかけがあるとはいえ、まりのつとめへの想いは異常にも思えるが…
「かぐやちゃん。どうかした?」
「何でもない。」
どうやら、考えこんで手が止まってしまったようだ。かぐやは作業を再開する。
「そういえば、最近近くの村とかがかなり物騒らしいね。」
まりが言っているのは、最近様々な村で起きている事件のことだろう。何の前触れもなく、村人が何かに取り憑かれたように暴れ回る。陰陽師に依頼して祓えないか試した村もあったようだが、陰陽師の力をもってしても元に戻すことは出来ず、処刑という形で幕を下ろす他に道はない。
「…他人事じゃないよ。この村で起きる可能性もある。」
「嫌なこと言うなぁ。」
洗濯が終わり、二人は屋敷へと向かう。その道すがら、二人は会話を続ける。
「かぐやちゃんは知ってるかい?暴れ回ってた人達は、耳障りなほど高い奇声をあげながら暴れ回っていたらしいよ?」
それも噂で聞いていた。人間というより、獣のそれに近いような奇声をあげて暴れ回るらしい。
「そうなんだ。じゃあ、まりは絶対にそうならないでね?」
「へ?なんで?」
「まり、元々うるさいから。そうなったら、きっとみんな耳がダメになっちゃう。」
「…それは大変だね。今すぐかぐやちゃんの耳元で叫んで、事前に耳をダメにしておこうか?」
「冗談だよ。」
ただ、まりに取り憑かれて欲しくないというのは、偽らない本音だった。まりのことを鬱陶しいと思うことは多々あれど、不思議と憎めない。そんな魅力が、彼女にはあった。
「親方様は神社を建てて、どうにか自分の村には被害が来ないようにしようとしてるらしいけど。陰陽師で無理なら、ちょっと難しいんじゃないかって思っちゃうよね。」
まりの言う親方様というのは、つとめの父である和正のことだ。この町を仕切る貴族である彼は、この暴走事件を重く捉えているようで、神社を建築することで事件の発生を抑えようしているようだ。しかし、かぐやはそれは無駄だと感じている。事件の発生地が、だんだんとこの村を目指しているように推移しているのだ。そして、その原因は自分かあの岩のどちらかだとも予想している。
ー少しでも早く、あの岩のことを調べたいんだけど…難しそうかなぁ。最初はまりを騙して協力させることとかも考えたけど、つとめの意思に反することは絶対しないだろうし。
「いっそのこと…」
「なんか言った?」
「なんでもない。」
かぐやは、自分の心の中で芽生えた黒い考えを見て見ぬふりをした。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「そこの白髪。」
その日の夜。冷え切った金属のような、低く冷たい声がかぐやを捉えた。振り返ると、そこには豪華な服を着た男性。それが誰かを知っていたかぐやは、自分の今の立場を考慮し、すぐさま首を垂れる。
「いや、良い。偽りの敬意ほど不快なものはないからな。」
「…分かった。それで、呼ばれた理由を聞いても?」
「私の娘は、息災か?」
「えぇ。じゃじゃ馬な付き人を手なづけられる程度には。」
「そうか。」
それだけ言い残し、彼は…つとめの父、和正はその場を後にしようとする。
「次からは、本人に直接聞いた方が良いよ。」
そんなかぐやの言葉が、彼をその場に引き留めた。少し考えた後に、和正は口を開く。
「私にそれが出来ないことも、お前は察しているのだろう?」
「分かってるからこそ、変わった方が良いと思ってるんです。」
「善処しよう。助言の礼に、正体を詰め寄るのは次の機会にしてやろう。」
「ついでにあの岩のことを調べさせて貰えたら助かるんだけど。」
「それはお前の働き次第だ。」
今度こそ、彼は去っていく。その後ろ姿は、どこか不安気なものに見えて。
ー不器用な人だね。その不器用さが、娘にも染ったのかな?
そんなことを考えながら、彼女も部屋へと戻った。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
それから数日が経った。その数日間の間、かぐやの身の回りは変わることなく、平穏な時間が流れていた。しかし、かぐやの予想通り、暴走事件の現場は着々と近付いてきていた。だが、神社は拝堂の骨組みしか完成していない。村人達の不安は着々と膨れ上がっていった。少しでも事件と関わる可能性を減らすためと外出が減り、目に見えて村の活気が無くなっていった。そんな中のある日のこと。夕食の調理中、かぐやはまりに話しかけられた。
「ねぇ。かぐやちゃん。」
「何?」
「かぐやちゃんならさ。あの騒ぎを解決出来たりしないの?」
「…正直な話、実際見てみなきゃ分からない。」
「絶対無理とは、言わないんだね。」
その言葉に、かぐやは答えない。ただ、困ったような微笑みだけを返す。
「かぐやちゃん。お願い、聞いてくれる?」
「…内容による。」
「わたしが暴れたらさ。おじょうさまにバレないうちに、解決させてくれないかな。」
「…やだ。まりの奇声、絶対うるさいから。想像したくもない。」
「かもね。でも、うるさいからこそ早く終わらせて。」
彼女のものとは思えない、真面目な表情。
「解決出来るかは、見なきゃ分からないって…」
「手段は問わない。」
逃げ道も塞がれた。彼女の本気に、かぐやは気圧される。
「…考えとく。」
「ん。ありがとう。」
薪が爆ぜ、火の粉が頬に触れる。まりの発言に思考のリソースを割いているかぐやは、そのことにすら気付かなかった。