おまけ・「さよひめのさうし」版ラスト
十四歳で長者の父を亡くし、翌年父の菩提を弔うために身を売ったさよ姫は、商人やしまに買い取られ奥州へと下りました。うるまが池の大蛇に生贄として捧げられた姫の前に、とうとう大蛇が現れました。さよ姫が法華経を読誦したところ……
大蛇は、何と素晴らしい御経であることかと涙を流しながらこれを聞きます。すると法華経の功徳によって、十二の角がはらりと落ち、全身を覆っていた苔も落ち、さよ姫にも劣らぬ美女の姿となったのです。
大蛇が七度の垢離をとり、三十三度礼拝し、
「ああなんと有難いことでしょう。このように救われ、人の姿に戻ることができるとは」
と、さよ姫を拝むのも尤もなことでございましょう。
それから大蛇の姫は、さよ姫と同じ棚へ上がり、語り始めました。
「お話いたしましょう、都の姫。わたくしのことをただの大蛇とお思いでしょうけれど、わたくしの身の上を語ってお聞かせいたします。
そもそもわたくしの父はこの八郷八村の地頭でありましたが、これも人の世の常、病に侵され朝露のように儚くなられました。男子の跡取りは一人もなく、わたくしは女子であったばかりに、残念なことに父の後継を人に奪われてしまいました。その無念の思いが募ってこの池に身を投げて、蛇身の苦しみを引き受けて、八郷八村の地頭になった者を取っては喰いながらこの池に棲むこと、九百九十九年にもなります。
人を喰らうこと九百九十九人、あなたさまを喰らったならばついに千人になるところでしたが、このような善き出会いがあり、法華経を聴聞したことでたちまちに救われ、蛇身の苦しみから逃れ即身成仏して人の姿になるとは、なんと有難いことでしょう」
と言ってまたさよ姫を拝みます。大蛇の姫は、
「今日よりわたくしたちは、姉妹の契りを交わして、お互いに助け合ってまいりましょう」
と言って、袂から「九重宝珠の玉」を取り出し、
「さあ、都の姫、この玉は不思議なわざを自在に操るものです。宝をご所望ならば幾らでも湧き出でて参ります。若返りたいと祈るならば、その通り若くなる、そのような玉でございます」
と言って、さらに黄金千両をそえてさよ姫に差し上げました。
そののち、八郷八村の乙名や社人たちは、大蛇は人身御供を喰った頃だろうか、そろそろ棚をかたづけようと言って池の端へ来てみれば、一人置いてきたはずの姫君がなんと二人に増えている。あまりの不思議さに、皆畏れて散り散りに逃げて行きました。
大蛇の姫はこれをご覧になって言います。
「待ちなさい、社人たち。わたくしを誰だとお思いか。この池に棲む大蛇であるぞ。都の姫が法華経をお読みになるのを聴聞したためにこのように救われて人の姿となったのだ。今日からは人身御供を供える必要はないから、代わりにお社を立てて都の姫を土御門として祀り崇拝するように」
乙名、社人たちはこれを聞き入れ、大変に喜び、七度の垢離をとり、三十三度の礼拝をいたします。実に霊妙な出来事でありました。
そして二人の姫を輿に乗せ、やしまの屋敷へ帰り、事のあらましを語ったのでした。
それからさよ姫は、乙名も社人もお社の用意をし始めたのを聞いて、
「大蛇の姫よ。私は都に母がいるのです。もう一度お会いしたいから、都まで送ってくれませんか」
大蛇の姫はお安い御用とばかり、乙名を召し出だして、「都の姫を輿に乗せ、都へお送りしなさい」と命じます。
乙名も社人も承り、もちろんですとも、と輿を仕立てて女房十二人を添え、三百余騎のお供を連れて、さよ姫を都まで送り届けたのでした。
奥州に下ってきた時には七十五日かかった道のりを、夜となく昼となく急いでゆけば、三十五日の後には奈良の都にたどり着きました。
都にて、お供の者どもを送り返し、さよ姫は春日の里に向かいます。
母上の御前に参り、
「ああ、母上様、商人と共に奥州に行ったさよ姫が、今帰ってきましたよ」
母上はこの言葉を聞きますが、明けても暮れてもさよ姫を想い嘆いていたもので、涙の余り両の目がつぶれてしまったので、それがさよ姫だとはわかりません。
「奥州へ下ったさよ姫が、なぜ今ここにいるのか。野の獣が化けて出たのか。私を取って喰おうと、そのように化けて出たのだろう」
と言って、そばにある杖を取り上げて、さよ姫を打ちました。
この仕打ちにもさよ姫は、
「ああ、有難いこと。今帰ってきたからこそ母上の杖に打たれることもできる、なにより嬉しいことです」
と、涙を流しておられます。
それから袂より九ちょうほうしょの玉を取り出して、母の両眼を撫でると、その眼はたちまち開きました。さよ姫をご覧になるや、大変にお喜びになって、お互いに手と手を取り合って、出会えた嬉しさに、また今までの苦しみのために涙を流しあったのでした。この様を見て、感じ入って涙で袖をぬらさない人はありません。
長い旅路の苦しかったこと、うるまが池での出来事、ことこまかに語り聞かせると、見る人聞く人、なんと珍しく霊妙な出来事かと、感動に涙します。
そうしてさよ姫は、父の長者のように、七万の宝に満ち、黄金の山も七つ、銀の山も九つでき、四万の蔵を立てました。同じ人が二度長者になることはないとは言うものの、親孝行な人であったからこそ、末永く栄えることとなったのでしょう。
さて、大蛇の姫もまた、さよ姫と一緒に住もうと都へ上ってきておりました。
さよ姫はこれを知って大変お喜びになり、母とさよ姫と大蛇の姫、三人で共に暮らし、一生のあいだ心のままに生きたのでした。
……この後、さよ姫の母は八十三歳にて三河の国鳳来寺の峰の薬師となり、さよ姫は百二十歳で近江の国竹生島の弁才天に、大蛇の姫は大和の国壺坂の観音となったとさ。