Ex5「重い女」
平野愛は重い女だと思う。
何がって? 体重? ざけんな、ぶっとばすぞ。
性格? うーん、執念深かったり病んでるような重い性格ではないと思っている。自分で言うのもなんだけど強いて言うなら気軽な性格かな。
存在? いやぁー確かにハルくんには大事にされてるけど重大ってほどではないかなぁー、なんてね。惚気けるつもりはないヨ。
答えは何かって? そんなすぐに教えたらつまらないでしょ。
まぁ、ゆっくり世間話でもしようよ。
アタシはさ、絵を描くのが好きなんだ。
絵は視覚的に一目で情報を共有できるとんでもない媒体だし、虫や動物だって縄張りとして印をつけたりする。その最終進化が絵画だと思うんだ。
でさ、絵もだけど、小説、歌、詩なんでもいいけど、誰でも生涯で一つはスゴい作品を作ることができるって言われているんだ。
例えば、豊臣秀吉なんかは辞世の句がスゴイよね。浪速のことも夢のまた夢〜って。
まぁ、あれはゴーストライター説もあるけどサ、とにかくスゴい作品だと思うんだ
え? 話が急に重くなってきたって? いやいや、せっかくだから最後まで聞いていってよォー。
アタシは子供の頃に見た夢が忘れられなくて、その光景を描きたいと思ったのが絵を描くキッカケだったんだよね。
今ではどんな夢だったのか全然思い出せないけど、何となく高校の文化祭で描いた青い光を放つ天使の絵が一番近いものに感じたんだ。
その時、ある程度決まっていた進路希望を全部捨て、美大へ進む道を選ぶことにした。
担任を慌てさせ、親は怒鳴るどころか凍りついてしまったよ。
全ては一枚の絵を――私の人生の一枚を完成させたいというだけの想いで……。
美大に行ったところで思い描く絵が描けるとは限らないし、仮に描けたとしてもその後の人生のことは何も考えていない。
それに実家だって決して金持ちではない。
しがない土建屋で、地元に密着してて公共事業のお陰で半分生きているような会社だ。
経営自体は悪くないけど、娘を美大に行かせられるほどの余裕はない。
何となくわかってきた?
一度『美大 私立 学費』とかで検索してみてよ。びっくりするよ。
流石に一人暮らしできるほど余裕はないから、毎日早朝から電車で何時間もかけて実家から通学してるし、少しでも負担を軽くしようとバイトだってしてる。
でも、全然足りなくて焼け石に水。結局は奨学金を借りているんだよね。かなりの金額を。
そ、アタシはね、借金が重い女なの。
ただただ自分が一枚の絵を描きたいという自己満足のために何百万というお金を使って、作れるかもわからない渾身の一作を生み出そうとしてる自己中心的でワガママな女なの。
あれ? 重いのは借金だけかと思ったけど、もしかしたらやっぱり性格も重かったかな?
それにしても、他の同級生たちはどういう理由で入学して絵を描いたり、造形物を作っているんだろう……?
あぁー、でもこう考えていると絵に対する想いも重くなっちゃうかなァ。
気がついてなかっただけで意外と思ってたより色々と重かったかも。
完成した絵だって私が満足すればそれで良し。
私が自己満足してただ終わるだけ。
渾身の一枚を別に誰かに見てもらいたいとか評価してもらいたいとか、そういう気持ちが全くないわけではないけど、私が死んだあとにでも誰か私に似た人に評価されればそれでいいかなぁーくらいの気持ち。
そうだなァ、少なくとも生きているうちにヒカリちゃんには何かしら評価してもらいたいかも。ヒカリちゃんはなんか私と近しいものを感じるんだよね、何となくだけど。
そんな色々と重たいアタシだけど、こんな重たい話をしても今のところはハルくんが軽々と受け止めてくれるらしい。
もちろん奨学金をハルくんに負担させる気は毛頭にもないけど、それでも彼といずれ共に過ごす日が来たとしたら少なからず負担にはなってしまうだろうからね……。
あぁ、やっぱりゴメンね、惚気けちゃったわ。
彼はアタシの身勝手な夢や目標や生きがいを理解した上で受け止めてくれてるんだ。
それはハルくんだけじゃない、両親はもちろんだけど、進路を色々探してくれた高校の担任の先生もだし、今通っている美大の教授の方々、バイト先の店長だって。
私という存在が――ただ一枚の絵を描くために、色んな人のおかげで成り立っている。私もそれに見合ったものを返せるといいんだけどね。
ただ、残念ながら目下真っ先に返さなきゃいけないのがマネーというのが悲しい現実……。
いやぁー、ホント早く全部スッキリした軽い女になりたいものだネェ。




