Ex2「カノジョの変化」
「そういえば、ヒカリちゃんって化粧上手だよねぇ、アタシも見習わなくちゃなぁ」
今日は某ハンバーガー店に四人で集まっている。
平野先輩はいつも唐突に話をすることが多いけど、今日は突然ヒカリさんの化粧を褒めだした。
「……ヒカリさんって化粧してたんですか?」
素朴な疑問としてつい口走ってしまったのだけど、平野先輩のわざとらしく呆れた表情とヒカリさんの『あはは……』という苦笑いを見て、恋人としてやらかしてしまったということだけはすぐに理解できた。
「化粧って言っても私は薄くしてるだけだから、雅彦くんが気が付かなくても仕方ないよ」
ヒカリさんが微笑みながらフォローをしてくれるけど、当の本人からのフォローほど辛いものはない……。
「言っとくけど、俺は気づいてたからな。仲間だと思うなよ」
加藤先輩がフライドポテトを食べながら一方的に距離をおいてきた。困った時は割りと助けてくれることが多いのに今日は辛辣だ。
「これでも一応十年以上付き合いのある幼馴染だからな、外に出かける時は化粧してたのは気づいてたぞ」
「大学に入ってからはいつも化粧しているけど、高校の頃は校則で化粧禁止だったからね。化粧してたのなんてみんなと会うときだけだったし、余計に分かりづらかったから気づかないのも当然だよ」
ヒカリさんが慌てて更にフォローしてくれたけど、見方を変えたら同じ大学に通って毎日のように会っているのに気が付いてなかったという事実が露呈してしまっただけだった……。
そんななか、少しだけ得意げな顔をしている加藤先輩を見て、気の所為か平野先輩がニヤニヤしているように感じた。
「ハルくぅーん? ここにカノジョがいるのに幼馴染のことは何でも知ってますみたいな顔してさぁ。それじゃあ、このカノジョ様の変化にも当然気づいてますよねぇ?」
「えっ?」
平野先輩の強襲で一転して、加藤先輩の立場がガタガタと崩れ落ちそうなくらい足元が不安定になってしまっていた。
「ついでに雅彦くんにも挽回のチャンスをあげよう。先週と今週のアタシはどこが違うでしょーか!」
平野先輩はニコニコと笑ってポーズを決めているけど、どう見ても目が笑っていないし、加藤先輩も苦笑いをしながらどこが変わったのか必死に探している様子が伺えた。
挽回のチャンスどころか完全に飛び火しただけで、火傷をする未来しか見えない……。
「はい!」
加藤先輩が勢いよく手を上げた。
「はい、ハルくん! 早かった!」
「髪の毛を切った! ちょっとだけ!」
「うん、正解! 簡単だったよね。じゃあ、もう一つは?」
「えっ!? もう一つ!?」
「まだあるよ、ホラホラぁ!」
かかってこいと言わんばかりに平野先輩が手招きをして手を煽ってくる。
僕も目を凝らして平野先輩を観察するけど、そもそも先週の平野先輩のことをしっかりと覚えていない時点で僕と加藤先輩にはきっと勝ち目はないのだろう……。
「はーい時間切れー、ブッブー。そんなんじゃ駄目だよ二人共、ちゃんと恋人の事はよく見ておかなきゃ、呆れられちゃうぞ」
ぐうの音も出ない正論を言われてしまった。
「ちなみにヒカリちゃんは答えわかる?」
「えっと……。多分ですけど、グロスをちょっと艶が多めのやつに変えました……?」
「ピンポンピンポーン! 大正解!!」
答えを聞いてもわからない……。いや、わからないというか……。
「はい……」
情けなく手を挙げる。
「はい、雅彦くん」
「グロスってなんですか……?」
チラリと加藤先輩の方を向くと目線を合わせてくれないし、ヒカリさんと平野先輩はお互いの方を向いて二人でクスクスと笑っているし……。
「雅彦くんはまず自分に関係ないことでも色々と学ぶ所から始めよっか!」
平野先輩が笑うのを堪えながらアドバイスをしてくれているけど、恥ずかしいやら情けないやらで頭に入ってこない……。
「そーれーよーりー! ハルくんはヒカリちゃんよりもアタシの方をしっかり見てよね。正直、違いがわからないなんてのは別にどうでもいいけどさぁ、ヒカリちゃんの違いはわかるのにアタシはわからないなんてのは許さないからね!」
「はい……わかりました……」
同じくすっかり沈み込んだ加藤先輩を見て、些か安心してしまっている僕がいる。
「はい……」
意気消沈した加藤先輩も情けなく手を挙げた。
「はい、ハルくん」
「あの……大変恐縮なのですが、グロスというものが何かということにつきまして、大変お手数とは存じますがご教示いただきますよう何卒宜しくお願い致します……」
今日の加藤先輩は今までで一番格好悪かったけど、今までで一番親近感が湧いた。




