#68 Re:cycle 第15話
裏道の中央に陣取るステラ、そこから五十メートルほど離れた場所にいる先生、有紀奈はまもなく先行していた俺たちに追いつく。焦る必要が無いとは言え、歩いて移動する余裕さは流石と呼ぶべきか否か……。
そして肝心の俺は表に出ている先生に隠れ、裏道の入り口付近に隠れている。
今回俺と有紀奈が考えた作戦は俺が鍵となる。
この世界で俺の存在を知っているのは、ついさっき事情を察してもらった先生を除けば有紀奈しかいない。つまり、ステラもレイラも俺のことは知らないはず。
だから、マークされていない俺という切り札が上手く動かなければならないんだ。
「ヨーコ!! ワタシは閉じた世界の解放に仇なす者を殺そうとしただけだよ! アイツら四人が生きてたらいつまで経ってもこの世界に未来は生まれないでしょ!」
「レイラに釘を刺しておいたが、止めなかったのか勝手に動いたのかはわからぬが、いずれにせよ超えてはならぬラインを超えようとしおったな! ステラァ!!」
先生が再び矢印を二本射出してステラに向かって高速で突撃させた。
ただただ真正面から突撃させるのではなく、フェイントを掛けながらステラの周りを複雑に飛び回っている。
あの一瞬で事情を察してくれたのか、指示した二本という制約だけでなく、いかにも本気で戦っている雰囲気を出し、自分が囮であることを理解して振る舞ってくれている。
普段は有紀奈に馬鹿にされたり蔑ろにされたりすることもあるが、それでいて一定の信頼をしているというのも頷けてしまった。
「はい~、いっちょあがり~」
ステラが一歩も動かず、更に二本の矢印をハンティングナイフで切り裂き、既に六本が切り落とされて先生の手持ちの矢印は残り三本となった。
「ユキナもいることはわかっているんだよ? 一緒に戦わなくてもいいの?」
ステラが煽るようにニタニタと笑っている。
「お主なんぞワシ一人で十分じゃ! ワシの教え子達には指一本触れさせぬぞ!」
先生が語気を強めると、残り三本の矢印をステラに向かって突撃させた。
「だからぁ、ちょっとワタシのこと舐めすぎじゃない?」
ステラは迎撃する様子もなく、棒立ちして矢印をその身に受けようとする。
カキーンという小気味良い音とともに光の壁が現れて矢印を弾き返した。そのままステラは一瞬にして矢印を切り裂き、これで先生の九尾の印を全て切り裂いてしまった。
「今のは『全てを守る力』!? 何でレイラの能力をお主が!」
「ユキナを殺すために借してくれたんだよ。迅速の名を持つヴェローチェ家のワタシなら、ヨーコの音速の尻尾でも少しくらいなら対応出来るけどさ。それでもやっぱり一度見た技とは言え何本も同時に対処するのは難しいからね。それじゃあ、ヨーコはレイラの友達だから許してあげるけど、ユキナはこのあと殺しに行くから楽しみにしててよね」
光の壁が消え、ハンティングナイフをクルクルと回しながらステラがニッコリと笑顔を見せる。
「……お断りするわ」
ようやく追いついた有紀奈がゆっくりと歩きながら姿を現した。俺は相変わらず影に隠れたままだ。
姿を現したと同時に彼女が着ている薄手の黒いパーカーが、赤い閃光と共に赤と黒のゴシックロリータの服へと変貌した。
それは彼女自身の死に装束であると同時に、彼女が誰かを殺そうと明確に意思表示する衣装でもある。
「せっかくレイラが悔しがる世界を楽しんでいるのに余計なことをしないでもらえるかしら……。まぁ、本来の私の仕事をアナタが代わりにやっていると言われたらそうなのかもしれないけど……」
ゆっくりと歩みを進める有紀奈は先生の前まで足を進め、先生を守るかのように正面に立った。
「ユキナッ! 水族館の時は手加減してあげたけど、今度はそうはいかないからね!!」
そうだ、俺の記憶はここで止まっている。
ここから先は、俺も知らない未来だ――!
ステラがハンティングナイフを構えた瞬間、ステラの背後から十人程の男性がステラの足腰をがっちりと捕まえて身動きが取れない状態となった。
「その辺りを歩いている人たちにお願いしたの……。これで動けなくなったでしょ……?」
「はぁ……。確かに動けなくはなったけど、全てを守る力が発動しなかったってことは攻撃する意志がないってことでしょ? かと言って何か敵意を向けた瞬間に全てを守る力が発動して全員が吹き飛ばされるし、何がしたいの?」
ステラが呆れた顔で溜め息をつく。
自分と敵対する者の手持ちのカードが無くなったうえ全く手応えがないことに呆れ、何なら苛立ちすら覚えている様子だった。
「何がしたいって……? 決まってるでしょ……? 目の前にいるクソ生意気なガキの頭を撥ねて成仏させてやるのよ……」
そう言いながら有紀奈は帯刀していた日本刀を抜き、鋒をステラに向けた。
一歩二歩と歩みを進め、ステラに近づいていく。
「あぁもう、鬱陶しいなぁ!」
ステラは足腰にまとわりつく男性たちを強力な蹴りで追い払い、再び自由を取り戻した。
「まぁ……。成仏させてあげるのは私じゃないんだけどね……」
「それじゃあ、まずはユキナから――」
ステラがハンティングナイフを手に持ちユキナに高速で襲いかかると同時に有紀奈が刀から手を離した。それに合わせて俺は念じた。時間よ止まれと……。
■ ■ ■ ■ ■
――辺りから音が消え、有紀奈が手を離した日本刀は空中で止まっていた。
隠れていた俺は全力で走り出し、有紀奈のいるところまで来るとステラの攻撃が当たらない程度まで有紀奈を横から突き飛ばした。そして宙に浮く日本刀を手に取ると今度はそのままステラに向かって走り出した。
全てを守る力は自分の意志で展開するか、敵意を持った攻撃や痛みが伴うような衝撃に対して自動的に能力が発動される無敵の防御らしい。
つまり、どうやって全てを守る力を破るのかが問題だった。
しかし、そんな方法があれば有紀奈は既に試している。
だから、逆転の発想で全てを守る力を攻略することにした。
――そもそも全てを守る力を展開できなくさせなければいいのではないか?
時が止まっていれば展開されないだろう――俺と有紀奈はそんな賭けをしたのだ。
もし賭けに勝てたのであれば俺という人間はレイラにとって最も相性の悪い能力者ということになる。
ステラの眼の前まで来た俺は、目一杯刀を振り上げ、ステラの背後から首筋に向かって一気に振り下ろした。
止まった時の中では全てを守る力は発動しなかった。
何とも言えない感触とともに首筋から入った日本刀がステラの喉まで切り裂いた。
――俺たちは賭けに勝った。
ステラもまた有紀奈や先生達と同じく肉体を持たない精神体であるため、切り口から血が吹き出すこともなく切断面が光っている。
これで本当に終わったのだろうか……?
終わってみれば意外と呆気ないものなのかもしれない。
有紀奈と事前に決めていた作戦はこれだけだ。
先生が矢印を使い切り、有紀奈が能力を使ってステラを一時的に動けなくする。身体能力で圧倒的に劣る二人がステラに対して有効的な手段がないというのを見せつけた上で、油断して有紀奈を狙ってきたところを全く見知らぬポッと出の俺が時間を止めてトドメを刺すというものだ。
有紀奈が自らと先生を囮にし、俺にトドメを刺させるという作戦は、俺が信頼されているのかそれとも自らの手で因縁を絶たせてくれるための粋な計らいだったのか。あるいはその両方なのか。もしかしたら失敗したときの責任を全部押し付けられるという可能性もゼロではないか……。
そう考えているうちに全身に痛みが走り始める、時間切れが近いようだ。
■ ■ ■ ■ ■
時間は再び動き出した。
「――倒させてもらうよ!」
ステラの声が遠ざかるように彼女の頭部が地面に落ちてゴロゴロと転がっていき、身体の方は有紀奈に向かって走っていく途中で無抵抗のまま勢いよく倒れてしまった。
有紀奈は有紀奈で、俺が横から突き飛ばした勢いで受け身も取れずに肩と頭から思いっきり地面に激突してしまった。結果論ではあるが、ステラの攻撃が届かなかったので横から突き飛ばす必要はなかったから少し申し訳ない気はする。
「……もうちょっと丁寧にやってほしかったわね……」
有紀奈がゴスロリの服に傷や汚れがないか確認しながら起き上がる。
「まぁ、でも賭けにも勝ったみたいだから許してあげるわ……」
ふらふらと歩きながら俺に近づき、刀を返すように顎をクイッと一瞬だけ上げた。
「これで終わったのかな」
有紀奈は無言で日本刀を受け取ると、ステラの頭部に向かって更に足を進めた。
「私と――私が遊んでいたものに手を出したのが運の尽きね……。輪廻を巡ってまたレイラと出会えたら拾って貰うといいわ……」
日本刀を逆手で持ち、鋒をステラの頭部に向け、そのまま地面まで突き刺した。
ステラの眼球が動き、倒れている自らの身体と向けられている刀の鋒を見つめると、聞き取れないかすかな声で呪うようになにかを呟いて息絶えた。
有紀奈やステラのような肉体が一度死に、精神だけとなった存在でも死は存在する。
精神的な死。肉体的に苦しくなくても発狂するような精神の死。そして、自らが『死んだ』と理解してしまうことで迎える死。
ステラが迎えたのは後者の死だ。
頭部は青白い光に包まれ、離れた場所で倒れている首のない身体もまた光を発した。
「またどこかの世界に戻ってきても私に関わるのはやめてほしいけどね……。まぁ……。先に手を出したのは私のほうか……」
光は少しずつ霧散していき、光が全て無くなると、そこにはまるで最初から何もなかったかのようにステラは消え去ってしまった。
「終わったのか……?」
「良かったわね……。あなたの恨みも晴れて、あの四人が今すぐ死ぬことは無くなったんじゃないかしら……?」
恨みか……。そんな簡単な言葉で言い表せない感情が今終わったんだ……。
長かったようで短かったような……。
「よかったのう、春昭よ。面影があったから何となくは察しはしたが後で詳しく話は聞かせて貰うからな。覚悟しておくんじゃぞ」
「はは、覚悟しておきますよ政木先生。……いや、もう全てを終えた俺はただの学生の加藤春昭ではなく、完全に『シキ』という存在になった……のかな……? だから先生の事はこれからは先生ではなくヨーコさんって呼んだほうがいいのかもしれないですね」
「別にどんな呼び方でもかまわぬよ、時が過ぎてもお主がワシの教え子だと言うことは変わらぬからな。しかし、お主もワシらと同じ道を歩もうと言うのか……? 敵対しないのであれば歓迎はするが、もしユキナと共に歩むのであればアレはなかなか茨の道じゃぞ」
「でしょうね、知ってます」
「うるさいわね……。このままあなたたちの首も切り落としてあげてもいいのよ……」




