#63 Re:cycle 第10話
いよいよ十年目、運命の夏がやってきた。
ここから『恨み感』の世界は『ある美漢』の世界と違う世界へと大きく変貌するはずだ。
「少しだけ未来を変える実験として、あなたたちが出会える未来に近づけるようと思って、期末テストが終わったあとに、安藤くんに水族館へ行くことを勧めてみたんだけど……。思ったより早く物事が進みそうなのよね……」
四人が出会う運命の八月半ば、そこから未来を大きく変える予定であったのだが、有紀奈からその話を聞いたのは七月の月末が近づく頃だった。
「お前がかけた『水族館がオススメ』という一言でこれだけ未来の出来事がズレるものなのか……」
元々は雅彦がヒカリを誘い、ヒカリから俺と先輩が誘われるという謎のダブルデートが発生したのだが、それは俺の記憶が正しければ八月半ばのことだった。
この十年間は未来を変えようとしなかったが、それによって未来が変わっていなかったのか、それとも未来が変わっていることに気がついていないだけなのか。
そもそも未来を変えることが出来ないのか、いずれも気になってはいたが確認する術もなく過ごしてきた。もし変わってしまって取り返しのつかないことになってしまってからでは遅いからだ。
だからこそ、積極的に変えようとした一言でこれだけ未来が変わったというのは俺も有紀奈も結構な衝撃だった。
「水族館といえば……。最初にユキナが見舞いに来たときに一度未来の出来事をザッと説明したけど、念の為もう一度伝えておくが『ある美漢』で瀕死になったときにステラが言った『水族館の時は――』という言葉が未だに脳裏に焼き付いている。恐らくステラの方から襲撃してくるなり何かアクションがあるだろうと思っていたから、このタイミングで倒せばいいと思っていたのだが……」
「一声かけただけでこれだけ大きく未来が変わるとなると、ここでステラを倒したら元の歴史から想像も出来ないくらい未来が変わってしまうかもしれないわね……。それこそ、帰り道で全員が事故死するなんて未来になってもおかしくはないわ……」
「そんなことになったら元も子もない! 貴重なチャンスは減ってしまうかもしれないけど、未来への影響をもう少し調べて、今回は避けたほうがいいんじゃないのか……!?」
普段は冷静沈着な有紀奈も流石に動揺を隠せない様子だった。
「シキの話ではステラが表に出てきそうなのは二回だけ……。正直今回ヨーコの力を借りたうえで殺せれば一番楽で確実だけど……」
部屋の壁を背もたれにして爪を噛んでイライラしながら考え事をする有紀奈を見ていると、不思議と人間味を感じてしまった。
「……なんというか、ありがとうな。俺が求める未来のために、そんなに考えてくれてさ」
「うるさいわね……! 私は私の思い通りに物事が動かないのが気に入らないだけなのよ……! せっかくこんな面白くてなかなか出来ない体験をしているというのに……」
照れているのか本気で怒られたのかわからないところが、実に有紀奈らしい物の言い方だった。
「とりあえず、今回はあなたの言う通り慎重に行くことにするわ……。本当は私とあなたでステラを迎え撃つ予定だったけど、私とヨーコで捕縛して逃がすことにするわ……。あなたは最後の切り札だから、ステラが来ることが解っているなら出会わないほうがいいしね……」
有紀奈は頭がスッキリしたのかスラスラと考えている内容が声になって出てきているようだった。
「そして、今回ヨーコに手を貸してもらう以上は、流石にヨーコにも最終的には事情を話さないといけなくなるからね……」
「先生には事情を説明したら手伝ってくれる可能性はないのか?」
「捕縛する程度なら手を貸してくれるでしょうけど、ステラを殺すとなるとステラが四人を殺そうとしているという明確な証拠も無い状態だと流石に手を貸してはくれないでしょうね……。ヨーコは不義理を嫌うから筋は通しておきたいのよ……。仕方がないから、歴史通り四人の関係が進むのを水族館の中まで行ってこの目で見届けておくわ……」
ヨーコ……政木先生か。まさか部活の顧問の先生が長い時を生きた九尾の狐だなんて考えもしなかったな。
確かに話に聞いた限り万能な能力なら捕縛するのだって容易だろう。
「それはいいんだが、この世界ではお前と先生は対立していないとはいえ、一応本来は対立関係にあるんだろ? それなのに先生側の陣営にあたるステラを追い払うのに手を貸してくれるものなのか?」
会ったことこそ無いが有紀奈の宿敵のレイラの陣営にはステラを始め、何人もの仲間がいると有紀奈から聞いている。先生は明確に仲間として加わっていないが、同じ目的を進める者という立ち位置らしい。レイラが企業だとしたら先生はフリーランスといったところだろうか。
「ヨーコに関しては問題ないわ……。ヨーコもステラの行動に対しては思うところがあるみたいだから……。正直私一人ではステラに対抗するのには難しいのはヨーコもわかっているはずだから、きっと彼女なら私に恩が売れると踏んで手を貸してくれるはずよ……」
「そうか、それならいいんだが」
まぁ、目的が同じであろうと人間関係やなにやらでどこも一枚岩ではないんだろうな。
しかし、いよいよ運命の時が近づいて来ている。
もしかしたら世界中の人達に迷惑をかけるような影響が出ることも否定できないが、その影響は誰もわからないんだ、俺は俺の都合の良いように未来を変えてやる。
あの日を過ぎてしまえば、そこからは誰も知らない未知の道のりが再び始まるんだ……!
……未知の道のり。
俺もかなり有紀奈に絆されているようだ……。




