＃５３ ある美漢 第２７話
繁華街の裏道を歩く、安藤雅彦、氷川ヒカリ、加藤春昭、平野愛。
少女の隣を四人が通り過ぎる瞬間、少女はハンティングナイフを持ってくるりと鮮やかに一回転した。
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次の瞬間、四人の首から美しい薔薇の花弁が散るように鮮血が迸った。
先を進んでいた安藤雅彦と平野愛は脊髄まで一撃で切断されて絶命し、頭からアスファルトの地面に崩れ落ちた。
倒れた二人からはとめどなく真っ赤な血液が流れ出て、少しずつ道路脇の排水口へと流れようとしていた。
後方を歩んでいた加藤春昭と氷川ヒカリは一命は取り留めたものの、首から大量の血を吹き出し、衣服を真っ赤に染めつつあった。
「あるぇー、せめて一撃で苦しませずと思ったけど上手くいかなかったなぁー」
少女が二人の方を振り返ると、声にならない声を出しながら、顔を歪める二人の姿があった。
――九尾の印！！
どこからともなく薄い紙のような矢印が空を切り裂いて恐ろしいスピードで少女に狙いをつけて飛んできた。
少女は飛んでくる矢印をチラ見すると、自らに衝突する寸前で手に持っているナイフを一振りして矢印を真っ二つに切り裂いた。
「抜かったわい！ ユキナではなくこっちじゃったか！！」
曲がり角から政木が走りながら姿を現す。地面に横たわる教え子の姿を目に焼き付けながら、臀部から五本の矢印を射出した。
「レイラがしっかりと手綱を握っておると思ってたワシが抜け作じゃったわ！ 超えてはならぬラインを超えおったなぁ！ ステラァァァァ！！」
「あ、ヨーコ！！ 水族館ではよくもッ！！ ワタシは世界の解放に仇なす者を殺しただけだよ！ コイツら四人が生きてたらいつまで経ってもこの世界に未来は生まれないでしょ！」
少女ステラに政木が放った五本の矢印が突き刺さろうとするも、青い光の壁が現れて全て弾かれてしまった。
「今のは『全てを守る力』！？ どうしてレイラの能力をお主が！」
「ユキナを殺すためにレイラが借してくれたんだよ。なんでヨーコはユキナの味方ばっかするのさ！ ユキナを殺したら次はヨーコも殺しちゃうよ！」
血塗られたナイフをクルクルと回しながらステラがニッコリと笑顔を見せる。
「……お断りするわ」
篠崎がゆっくりと歩きながら姿を現した。
それと同時に彼女が着ている薄手の黒いパーカーが、赤い閃光と共に赤と黒のゴシックロリータの服へと変貌した。
それは彼女自身の死に装束であると同時に、彼女が誰かを殺そうと明確に意思表示する衣装でもある。
「せっかくレイラが悔しがる世界を楽しんでいたのに余計なことをしないでもらえるかしら……。甘酸っぱい四人の青春物語が終わっちゃったじゃない……」
三人が会話する内容は耳から脳に入ってはくるが、理解する余裕など無いくらい春昭とヒカリは衰弱していた。
◇ ◇ ◇
耳も徐々に聞こえなくなってくるなかで、加藤春昭は眼球を動かして辺りを見回すと、さっきまで共に歩いていた三人が血だらけで倒れているのが視界に入った。
（みんなどうなったんだ……？ 先輩もヒカリも雅彦も……）
自分が血だらけで死にそうな状況にも関わらず誰も反応しないということは、きっとそういうことなのだろう。
さっき起きた一連の流れを、その場にいた者の顔を、場面を、出来事を、全て忘れてはならない。例えここで命が尽きようと……。
――意識が遠のく。
このまま時が進めば全員の命が尽きてしまうだろう。
時を進めたくない。その想いは力となり具現化する。
◇ ◇ ◇
一方、氷川ヒカリの視界は涙でぼやけて見えなくなっていた。
視界が奪われているからか、強烈な痛みと自らの血液の暖かさを肌で感じ、血液特有の鉄の臭いとアスファルトなのか自身の胃液かわからない鼻に刺さる臭いが脳内に強く刻まれている。
少し離れたところから知らない女性達の声が聞こえる。
きっとこのまま終わってしまうのだろう。自らの終わりを悟ると同時に、楽しかった日々が走馬灯として蘇ってくる。
戻りたい。またみんなと共に歩きたい。その想いは力となり具現化する。
◇ ◇ ◇
加藤春昭の身体から白い閃光が走ると、世界の時は停止した。
自身の体から流れ出た血液は宙に止まり、恨めしい相手も口を開けたまま止まっている。
「……ハルくん」
この止まった時間の中で動いているのは加藤春昭と氷川ヒカリの二人だけだった。
氷川ヒカリが最期の力を振り絞ってかすれた声を発する。
「またね……」
最期の一声を発すると、氷川ヒカリの身体から赤と黒の閃光が雷となって天へと昇り、愛する三人の元へ落ちた。
誰か一人だけでも――。
その想いは一人にだけ通じた。
表の終わりは裏の始まり
とある美しい漢が放った想いは、恨みの感情を持つ者へと継承される。
【Re:cycle】
――時は再び巡る。
みんなと出会うその前まで。
全てが始まりの時まで遡る。
だけど、時の旅路は生きている者しか歩めない。
だから、私は一緒に旅をすることはできない。
でも、きっと違う未来になると信じてる。
私達はまだ死にたくない。
身勝手なお願いかもしれないけど、私達の過去と未来を託すね。
一緒に行けなくてごめんね……ハルくん。
