＃４２ 恨み感 第２１話
腰まで届く長い金髪の女性――レイラは、カフェのテラスで運ばれてきた紅茶に口をつけていた。
「レイラ！ レイラ！ レイラ！！」
落ち着いた雰囲気のカフェに似合わず、長いポニーテールをなびかせて叫ぶようにステラが走って駆け寄ってきた。
「どうして夏祭りでユキナを襲うのを止めたの！ お祭りの人混みなら逃さずユキナを仕留められたのに！！」
「……声が大きいわよ、ステラ」
レイラはステラを宥めるように声をかけた。実際、周囲にいる人達からはチラチラと目線が向けられている。
「人混みと言ってもユキナは人を洗脳して操れるんだから、人混みなんてあってないようなものよ。罠に決まってるわ」
レイラは厳しい目つきでステラの眼を見た。
「うぅ、わかったよぉ……。レイラは厳しいなぁ……」
「本来は一人ずつしかいないレイラフォードとルーラシードが、この世界では何故か二人ずついるだけで異常な世界だっていうのに……。あの四人が近づけば愛のエネルギーで新しい並行世界が生まれるかと思ったのに、まるで何も起きないなんて……。きっとそれを見て絶対ユキナは楽しんでいるに違いないわ……！」
レイラは足を組み、奥歯を噛み締めた。
「悔しいけど、どんな手段を用いてもこの世界に新しい並行世界――つまり未来が生まれることは無いわ。正しく言えば四人が全員亡くなって、新しいレイラフォードとルーラシードが生まれるまでやれることが無いと言ったほうが正しいわね」
「確か、レイラフォードとルーラシードは、今いる人が死んだら誰かが新しく選ばれるんだったよね？」
「そうよ。だから、事故か病気か寿命か、いずれにせよ長ければ彼ら全員の寿命が尽きて亡くなる八十年くらいはアイツに笑われ続けるわけね……」
レイラ自身も頭ではわかっている内容を改めて口にして、その歯がゆさに更に苛立ちを覚えているようだった。
「……ステラ、私はこの世界から一旦手を引くわ」
「えぇ！？ レイラ行っちゃうの！？」
「声が大きいわよ、ステラ。一旦と言ったでしょ。他の並行世界で活動しつつ、四人全員が亡くなって新しいレイラフォードとルーラシードが生まれたのを確認したら、またこの世界で活動するわ。ユキナに笑われるのは悔しいけど、この際笑わせておけばいいわ。別にこの世界に固執する必要もないしね」
「えー、せっかくユキナが倒せそうな世界なのに、勿体ないよ！」
残念がるステラを見ると、レイラは紅茶の入ったカップをソーサーに置き、ステラの肩に手を置いた。
「声が大きいわよ、ステラ。私も邪魔なユキナがいなくなること自体には賛成よ。ただいつも言ってる事だけど『人前で人を殺さないこと』『殺して良いのは世界の解放に仇なす者だけ』という約束が守れるなら、この世界にもうしばらく残ってても良いわよ。あなたは一般人という人質がいなければユキナを瞬殺できるのは間違いない。でも、ユキナは必ず一般人を盾にしてくる。関係ない人を巻き込むのは絶対に避けて欲しいの」
「もちろん！ 任せてよ！！」
「声が大きいわよ、ステラ。確か水族館ではヨーコの九尾の印に苦戦したのよね。もし本気でユキナを倒しに行くなら、私の能力『全てを守る力』を一時的に付与してあげるわ。あらゆる攻撃を自動的に防御し、何物も貫く事が出来ない最強の光の盾よ」
レイラは再び紅茶の入ったカップを手に取り、一口だけ飲んだ。
「ほ、本当に！？ やったぁー！！」
「声が大きいわよ、ステラ。あなたの肉体の素早さと攻撃センスだけはあらゆる並行世界でもトップクラスよ、ただ能力を持つ相手では太刀打ちできない場合もあるわ。でも、私の全てを守る力があれば最強の矛と盾が揃うことになるわよ」
「わーい！ ありがとー！ レイラー！！」
椅子に座るレイラにむかってステラが飛びつくように抱きついた。
「声が大きいわよ、ステラ。元気が余ってるみたいだからちょっとその辺りでも走ってきなさい」
「うん、行ってくる！ ちゃんと『人前で人を殺さないこと』と『殺して良いのは世界の解放に仇なす者だけ』って約束も守るからね！」
ステラが満面の笑みでレイラを強く抱きしめると、レイラもまた受け入れるようにステラの頭を撫で、ステラの頭の上に飲み干したティーカップを置いた。
世界の解放に仇なす者、ステラの中では殺すべき相手が誰であるかを理解したようだった。
