#38 恨み感 第19話
「さて、ヨーコが探してくれている間に、私達は目的を果たさせて貰おうかしら……」
政木が九尾の印を飛ばすのを確認すると、篠崎とシキは駅から出て夏祭りで賑わう街道へと向かった。
街道には両端に出店が並び、溢れんばかりの人々がゆっくりと歩いていた。
篠崎が立ち止まり目を瞑ると、全身から赤と黒のオーラが身体の周囲に現れた。
「この祭りに参加している私を愛する者たちへ人探しをお願いするわ……。対象者は『安藤雅彦』よ、見つけた者は小声で近くの者に居場所を伝え、私のところまで伝言リレーをしてきなさい……」
赤い閃光が周囲へ走ったと思うと、一分もしないうちに安藤雅彦の現在地が篠崎の元へ伝わり、二人は伝えられてきた場所に向かって歩き出した。
篠崎とシキが人混みの流れに乗りながら先へ進んでいくと、そこには浴衣を着た氷川と平野が、そして氷川と手を繋いで歩く安藤と、屋台で買った食べ物を両手に持たされた加藤が並んで歩いていた。
「シキ……。あなたって夏祭りに来たことってある……?」
「いいや、一度行ってみたかったんだがな。仕方ない」
シキと篠崎は先を行く四人の背中を追いながら歩みを進めている。
「それにしても、四人とも仲が良いわね……。嫉妬しちゃうかしら……?」
篠崎が不敵な笑みを浮かべながらシキの顔を覗く。
「嫉妬なんてしないさ。この世界は俺の物語じゃなくて、あの四人の物語だからな」
篠崎の顔を見ず、シキはただただ四人の姿をジッと眺めていた。
「そう……? 『ある美漢』の世界ならともかく、この『恨み感』の世界はあなたの物語だと私は思っているわよ……。あなたがステラ=ヴェローチェに対する『恨み』を果たすまではね……」
「何度聞いても、その世界のネーミングセンスは酷いな」
「うるさいわね……。どうせこの『恨み感』って言う世界の名前もあと少しで使わなくなるんだから構わないでしょ……」
篠崎が少し不満そうな面持ちでシキの顔を見て、溜息をついた。
◇ ◇ ◇
「おーいおーい、おったおった」
後方から政木の声がして二人とも足を止めて振り返った。
「いやぁ、場所がわかっておっても人混みの中を移動するのは大変じゃな……。って、それよりまずは報告じゃ。結論から言うとステラはおらんな」
「あら、意外ね……。ちゃんと飼い主に手綱は握られてたのね……」
篠崎は安堵とも落胆とも取れる表情で、腕を組み肩を少しだけ下げた。
「今回はユキナの予感は外れじゃったということじゃな。祭りの会場範囲を探索してもおらんようじゃったから、九尾の印の本数を可能な限り増やして改めて探索させたが、この市内全域でも反応はなかったわい」
「ステラは奇襲が主だった戦法だと聞いている。その範囲内にいなければ、確かに一先ずは安心だろう。ありがとう政木先生、出来ればこのまま近辺の探索だけは続けておいて欲しい。俺達も見たいものは見ることができたから、何も無ければあとは帰るだけだ」
「構わぬよ。最近は珍しくユキナが頼ってきておるのじゃ、売れる時に恩は売っておかねばな」
「私は鶴でも亀でもないんだから、恩返しなんてしないわよ……」
「つまり、恩を受けておるという自覚はあるということじゃな」
篠崎が呆れた顔をするが、政木はどこか自信を持った笑みを浮かべた。
本来は敵対しているが、だからこそ相手がどういう性格なのか、どの程度の実力なのかは熟知している。その点においてはある種、信頼よりも強い繋がりを二人は持ち合わせていた。
「それなら、せめて俺が代わりにりんご飴でも何でも好きな物をご馳走するよ。政木先生には世話になっているからな」
今の今まで文句を言っていたから何も言わないが、政木は確実に眼を輝かせて上機嫌になっていた。
「それにしても、氷川と平野は二人とも浴衣が似合っておるのう。浴衣は胸が薄いほうが似合うとは言うが、二人ともよく似合っておるのう。お主も着るか? きっとよく似合うじゃろうなぁ、ハーッハッハッハッ」
先を歩いている氷川、平野、篠崎の胸部を順番に見つつ、調子づいた政木は腹を抱えて笑っていた。
「ヨーコ、あなたもその浴衣よく似合ってるわね……」
「冷静に哀れみを向けられるのは一番辛いからやめんか……。ここだけは化けても大して変わらんのじゃから……」
その光景を見ていたシキが思わず笑みをこぼしてしまった。
「俺が思ってた以上に息があってるんだな。羨ましく思うよ」




