#33 ある美漢 第17話
アタシ、平野愛は平静を装っていた。
ヒカリちゃんのお誘いを受けて、面白そうだなーっていう興味本位が半分と心配が半分で来てみたら、いつの間にか初対面の後輩男子くんと右半身を密着させることになってしまっている。
普段から同級生や部活の男子とは、学校で遊んだり、おしゃべりしたりはしているけど、こんなに密着するほど近くで何かするということは流石にない。
だから、緊張しているというか、恥ずかしいというか……。頭がボーッとしてて、自分でもなんとも不思議な心境になっている。
逆に、私の『イルカショーが見たい』って言うワガママに付き合わされたうえに、こんな状態になってしまって、彼はアタシのことをどう思っているのか、さっきからそればかり気にしてしまっている。
もしかして、私は『男子に嫌われたくない』なんて柄にも無いことを思っているのだろうか。何とか普段通りに――少なくとも彼と出会ってからと同じように振る舞わなくちゃって思うけど、思えば思うほどいつもどうしていたのかわからなくなっている。
多分、春昭くんは無言なのが苦にならないタイプなのだろう。少なくとも、私みたいにずっと喋っていないと落ち着かないタイプではないと思う。
「うわぁ! 見た!? 今のジャンプすごいねぇ!」
春昭くんの方を向いてワハハと笑いながら話しかけてみた。
きっと普段のアタシならこうしている――と思う。
「あれってどれくらいの高さまで跳んでいるんでしょうね」
当たり前の事のはずなのに、話しかけるとキャッチボールのように会話が返ってくるのを忘れていた。
「ビルの三階くらいまでは飛んでそうだよねぇ。あれなら水族館から跳んで逃げ出せるんじゃなーい?」
「なるほど、確かにあり得ますね」
ボケなのかマジなのかわからないトーンの返事が一番困る。暴投はやめてほしい。
「ハハハ……」
ほら、変に気にしちゃってるからおかしな笑い声しか出なかったじゃん。何やってるんだ平野愛よ。
うーんうーんっと頭の中で考えながらイルカショーを見ていたら、いつの間にかショーは終わっていた。
人も少しずつ減っていき、まだ座ってはいるものの、彼と密着していた時間は終わってしまった。
「いやぁ、スゴいショーとスゴい人だかりだったねぇ。久しぶりにこんな体験した気がするよー」
「俺も子供の頃に見てはいるんでしょうけど、大きくなってから見るとまた新鮮な気持ちで楽しめましたよ、ありがとうございました」
アタシが先輩なのもあるだろうけど、ヒカリちゃんに聞いていたよりも律儀な子だねぇ。
「暑いですし、そろそろ館内に戻りましょうか。流石にそろそろ雅彦とヒカリも追いかけなきゃいかんですし」
「そうだねぇ、行こうかぁ、後輩くんよ――」
春昭くんが立ち上がるのと同時にアタシも立ち上がろうとしたが、右脚に力が入らずガクンと膝が折れて横に倒れそうになってしまった。
しかし、次の瞬間には私の肩を春昭くんが少し痛いくらいしっかりと掴んで抱き寄せてきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あぁ、ちょっとフラッとしちゃっぽい、ごめんよー」
心配する春昭くんにハハハと軽く笑いながら声を掛けたが、青ざめるくらい心配をする顔は変わらなかった。
もしかしたら、さっきから少し熱中症気味だったから頭も回ってなかったのかなぁ……?
私が勝手に熱中症になって迷惑をかけてしまったというのに、申し訳ない限りだ。
なんか顔も身体も熱っぽいし、頭もさっきからボーッとしてるしなぁ。とりあえず、オレンジジュース飲もっかな。




