#12 恨み感 第6話
校門で生徒達の帰りを見届けていた政木と篠崎は、校内の自動販売機の前に移動してきた。
篠崎はカフェオレを、政木は小さいペットボトルの緑茶を購入し、それぞれ飲みながら話をしている。
「それにしても、存外退屈なものね……。ヨーコも金髪クソバカ女も不殺が信条だから、もっと困って狼狽える姿が見れると思ったのに残念だわ……」
「ワシやレイラ達の使命は、運命の赤い糸で結ばれた『レイラフォード』と『ルーラシード』の属性を持つ者を、世界中のどこかから探し出して『恋』をさせることじゃ。それを邪魔するお主は、対象者を見つけたらすぐに殺してしまうからのう」
政木は不満げな顔で篠崎を睨むが、篠崎は完全に無視をしてカフェオレの缶を揺すり、渦を作って遊んでいる。
「ワシらは言わば愛のキューピットじゃ。どの並行世界にも必ず存在する、めしべのレイラフォードとおしべのルーラシード――この運命の赤い糸で結ばれた男女一組を出会わせて『恋』をさせ、一生涯衰えることのない強力な『愛』を生み出させるのが使命じゃ」
政木は遠くを見つめ、運命の赤い糸を結ぶ使命を始めた頃を思い出していた。
見たことのない景色を見ようと旅立ったあの日、一体もう何千年前のことだろうか。
「その二人から生じる『愛』のエネルギーを栄養として、閉じた世界は再び新たな並行世界を生み出し、人は自らの手で未来を変えることが出来るようになる……。実にロマンチックな話じゃのう。もちろん、これを崇高な使命じゃとは思ってはおらぬが、少なくとも世のため人のためになる使命じゃとは思っておる」
「ヨーコ達は二人を出会わせて、新たな並行世界を生み出すことを使命とする……。私は出会わなくさせることで、運命的な出会いを否定することを使命とする……。そんな敵対する者同士がこうして仲良く話しているなんて、他の世界ではありえないでしょうね……」
彼女たちは誰かに命じられたわけでもなく、人に褒めてもらうためでもなく、ただただ自分の信念に基づき動き、既に何百年という長い年月を費やしている。
「閉じた世界を開く鍵となるレイラフォード……。私にとっては只々《ただただ》忌まわしい存在でしかないわ……。普段の私ならこの世界でも即座に対象者を殺していたでしょうね……」
運命的な出会いを果たすということはドラマチックな事かもしれない。
しかし、それは自分の恋人が、ある日突然運命の出会いを果たし、見知らぬ誰かと愛を育みだすということでもある。
それは篠崎にとって許されざる行為だった。
レイラフォードやルーラシードに選ばれた者が亡くなった場合は、次の瞬間に新たな対象者が世界中の誰かから選出されることとなる。
仮に二人が出会う前であれば、運命の相手は全く別の誰かになり、既に結ばれていた二人は、最愛であった者も只の人になってしまう。
この仕組みを利用して、篠崎はルーラシードと出会いそうになっているレイラフォードを殺すことで、望まぬ愛を生み出さないようとしている。
それはこの世界においても同様のはずだった。
しかし、篠崎は政木に向かって楽しげで不敵な笑みを浮かべる。
「うーむ、この並行世界のレイラフォードとルーラシードは出会いそうどころか、既に出会っておるのになぁ……」
「ヨーコもわかっているんでしょ……? この世界は特別だって……」
「本来ならすぐにレイラフォードを殺すお主が、この世界では殺さずに放置しておる……。人が死なぬのは良いことじゃが、ワシらの使命としては悩ましい限りじゃわい」