#10 恨み感 第5話
「葉子先生さよならー」
「はーい、さよならー。気をつけてねー」
帰宅部の女子生徒達が、政木に向かって手を振って校門を出ていく。政木もそれを見送るように手を振り返す。
「あら、しっかりと先生してるのね、政木先生……」
いつの間にか政木の背後に篠崎が立っており、政木もその気配を察し、振り向かずに返答をする。
「……周りに人がいそうな時に話し掛けないでもらえるかしら? えーっと……篠崎さん?」
「別に私達は単なる生徒と担任でしょ……」
「――ん? いや、お主のことじゃから既に会話内容は周りに聞こえないようお願いしておるな!?」
政木が腕を組んで不満そうに振り向くと、篠崎は煽るように微笑していた。
「過去の失敗から学ぶのは良いことね……。ところで、あの金髪クソ女はこの並行世界には来ていないの……? 不思議とまだ見かけていないのよね……」
「金髪クソ女ぁ? あぁレイラのことか。別にアレはワシとセットで活動しているわけではないから知らぬわ。お主が行く『閉じた世界』に現れる事が多い故、この世界にいる可能性は高いとは思うがのう」
――並行世界は人々が選択した行動によって世界が分かれ、新たな並行世界が生まれていく。
それは、まるで樹木のように、どんどんと枝葉を伸ばして世界が広がっていく。
しかし、世界という樹木の枝葉は既に広がりすぎている。
その中には栄養が届かず、未来を生み出すことのできなくなった『閉じた世界』が生まれている。
閉じた世界ではどんな選択をしても新たに並行世界が生まれず、何をしても必ず決められた結果に収束してしまう。
彼女達が訪れたこの世界も、その『閉じた世界』の一つだ。
この世界に生きる人々は何をしても、あるいは何もしなくても、ただ一つの決められた未来を歩むことになる。
「しかし、閉じた世界とは誠に憐れなものよのう、努力をしてもしなくても結果が変わらぬというのは……」
政木がグラウンドで練習をする運動部を見て呟く。
「未来を変えられるヨーコが教師をやっているのに、それは皮肉かしら……?」
閉じた世界で未来を変えられるのは、他の並行世界から来た篠崎、政木、レイラのような、その世界にとって異物である者しかいない。
本来、雅彦はヒカリに出会うことはなかったが、レイラが進路のアドバイスをしたことによって雅彦は現在の高校に進学することとなった。
そして、篠崎も同様に、雅彦がヒカリに再度告白をする後押しをしたことで、二人は交際するに至った。
この世界の未来は異物によってしか変えられない。
「ワシの不注意がきっかけで、その並行世界の人類の九割が死んでしまった昔話でもするか? ワシは極力その世界に介入はせぬようにしておるだけよ」
「ヨーコの事情なんて知らないわよ……。それより、アイツのこと、本当に知らないんでしょうね……?」
「しつこいのう、相反する使命を持つ犬猿の仲じゃから会いたくないのか? てっきりユキナ=ブレメンテとしてはレイラが居る世界のほうが面白いのじゃと思っておったが」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
面白いことを楽しみたいという気持ちはあるが、自分の知らないところで意図しないことが起こってほしくはない。そんな子供じみた考えを篠崎は持っていた。
「まったく、お主も大概面倒な性格よのう」
「うるさいわね……。さっき何事もなく想定通り告白が成功してしまって、ちょっと拍子抜けしてるのよ……。まぁ、自分からしっかり告白しているのには感心したけど……」
「ほう、流石はワシの教え子じゃな。しっかりしておるのう」
「言う程何も教えてないでしょ……」