醜い巨乳レンジャーの子
オーディションにやって来たのは10人ほどだった。
自らの巨乳を誇りたい女性は多くても、怪人と戦いたいという女性は少ないのだろうか。
少なさにがっかりしてはいたが、気を取り直し、私は長テーブルの上で腕を組むと、彼女らに挨拶をした。
「ようこそ、諸君。巨乳戦隊『キョニュレンジャー』のメンバー募集によくぞ応募してくれた。私が局長の熱原哲司だ。よろしくね」
そう言って眼の前の巨乳美女どもを見渡した。ほう……、なかなかの巨乳揃いじゃないか……。右から順にE、F、E、G……。ん?
「ちょっと、キミ……」
明らかにHカップはあるが自信のなさそうなその女の子に、私は声をかけた。
「は……はいっ!?」
心臓が飛び出して来そうな声でその子は答えた。どうやら間違いないようだ。私ははっきりと、告げた。
「すまないが……、偽乳は募集してないんだ。あくまでもキョニュレンジャーの資格として、天然でなければならない」
「そ……、そんなっ!」
その子はあくまでしらばっくれた。
「偽乳に見えるかも知れないほど不自然なのはわかりますけど……っ! これ、天然なんです! 信じてくださいっ!」
「悪いが私は見ただけで偽乳を見抜ける目を持っている」
私はお帰りの方向へ腕を伸ばし、さぁそこから出て行きなさいと、てのひらを上に向けて示した。
「キミを入れたら『ギニューレンジャー』になってしまい、どこかの特戦隊みたいな名前になってしまうんだ。……すまんね」
「世界の平和を護りたいんですっ!」
しつこい子だ。目に涙さえ浮かべている。
「お願いしますっ! オーディションを受けさせてくださいっ!」
ルールを知らない無礼な娘のことを、他の応募者たちが白けた目で見ながら、『早く帰れや』と鼻で笑っている。
不正を働く一人のために彼女らを待たせるわけには行かない。
睨んでやった。
「早く帰らないと警備員呼ぶよ?」
「な……、なぜ巨乳でなければいけないんですかっ!?」
呆れたことに体制を批判して来やがった。
「おかしいですっ! 世界の平和を守るため戦うのに、巨乳である必要がどこにあるんですかっ!? むしろチッパイのほうが動きやすくて……」
「コンプライアンスだ」
私は厳しく睨みつけると、脅すぐらいの声音で言ってやった。
「上部から厳しく守るように言われている。バストDカップ以上、ウェスト63cm以下が絶対条件だ。帰りたまえ」
彼女はガクガクと震え、汗をダラダラと流しながらも、ようやく納得してくれたようだ。出口のほうへゆっくりと歩き出してくれた。
「待て」
私はつい、出て行こうとする彼女を呼び止めてしまった。
「名前ぐらいは聞いておこうか」
彼女は涙を溜めた目で私を振り返ると、その名を名乗った。
「千々梨……優美」
その目には涙とともに、強い光のようなものが浮かんでいた。
「覚えておこう……」
ぺこりと頭を悔しそうに下げると、千々梨優美はオーディション会場の部屋を出て行った。
……なぜ、私は彼女を呼び止めたのだろう?
偽乳を使ってまで正義のために戦おうとする彼女のことが気になったのだ。それに彼女は顔の整形はどうやらしていない。私は整形スカウターの能力は持っていないので断言は出来ないが、とてもナチュラルな美少女という印象だった。
まぁ、次回に『ナチュラルビューティーレンジャー』でもやることになれば、声を掛けてやってもいいだろうと思えたのだ。……が、ダメか。豊胸手術をしている時点でナチュラルの条件にも失格してしまっている。
もったいないことをしたな。ナチュラルな胸のままであれば、次回があったものを。
乙 乙 乙 乙
怪人『セクハラジョージ』が出現した。
私はマイクに向かい、メンバー全員に命令する。
「怪人が現れた! 場所は○○駅東口! 通行人の女性を襲っているそうだ! 巨乳戦隊『キョニュレンジャー』、出動っ!」
さあ、初出動だ。
怪人よ、私が選び、育てたスーパー戦隊の力を見るがいい!
私はパソコンモニターの中に、駅前で始まろうとする戦いを見守った。
胸を強調したコスチュームに身を包んだ5色の戦士達が躍り出て、一斉にポーズを決める。シンクロ率が低い。イエローが掲げる手を間違えている。
みんな緊張で震えているようだ。しかし大丈夫だ。この1ヶ月、彼女らは血の滲むような努力をし、厳しい訓練を乗り越えて来た。
私はみんなに指示と声援を送るだけ。あとは彼女達を信じるしか出来ることはない。頼むぞ、みんな。
「きゃあっ!」
早速キョニュウ・ピンクが捕まった。
怪人『セクハラジョージ』は後ろからピンクに抱きつくと、その胸をユサユサと揺らしながら下衆な笑いを浮かべる。
「ピ……ピンクが捕まった」
残されたレッド、ブルー、グリーン、イエローの4人がうろたえる。
「どうしよう……攻撃すればピンクまで痛い目に遭わせてしまう」
「っていうか、あの怪人キモ怖い」
「どうする? 逃げる?」
「慌てるな、みんな!」
私はマイクで指示を送った。
「相手は1人だけだぞ? 数で勝てる! みんなで取り囲んでボコるんだ!」
レッドが悲痛な声で答えた。
「でも、ピンクが……!」
「ピンクも正義の戦士だ」
私は安心させようと、言った。
「覚悟はしているはずだ。構わずピンクごとボコるんだ!」
「嫌あっ!」
それを聞いてピンクが泣き出した。
「もう! やめておうち帰る!」
「熱原くん」
上司の一風部長が急いで上からやって来て、私を制止した。
「テレビの前で良い子たちが観ているんだ。えげつない真似はさせるな」
「では、どうすれば?」
「ピンクが自力で怪人の縛めを解くことを期待するしかあるまい」
「……だ、そうだ。頼んだぞ、ピンク!」
「嫌あっ! おうち帰るのーっ!」
その時だった!
「そこの怪人!」
正義の声が駅前に響いた。
みんなが一斉に声のしたほうへ振り向く。
そこにはあの千々梨優美が立っていた。
金色のコスチュームに身を包み。
しかし、明らかにそれはキョニュレンジャーの仲間ではなかった。
胸が、ぺったんこなのだ。
あのオーディションの時の、あの胸は、豊胸手術したものなどではなかった。詰め物だったのだ!
しかしそれは決してみっともないものではなかった。キョニュレンジャーのコスチュームが上部の目論見通りセクシーなものにはなっておらず、むしろ下品で見るに耐えない仕上がりだったのと比べて、その潔いほどにぺったんこなフォルムは、良い子に是非見てほしいほどのカッコ良さで溢れているように私には見えた。
行ける……と、私は思った。
あの胸が偽物は偽物でもタオルか何かで嵩増ししたものだったのなら……
彼女は綺麗なままだ。
ナチュラルビューティー戦士、ヒンニューレンジャーとして、じゅうぶんに使える!
「行け! 頼むぞ、ヒンニュー・ゴールド!」
私は思わず最大ボリュームで叫んでいた。
「怪人を倒し、みんなの平和を守ってくれ!」
「もちろんよ、局長!」
なんてことだ。彼女の耳にイヤホンは入っていないのに、私の声が届いた。
千々梨優美ことヒンニュー・ゴールドは、凄まじい速さで怪人の懐に移動すると、ピンクに言った。
「少し痛いけど、我慢できるよね?」
「嫌あっ……!」
「正義のヒンニュー・百烈正拳!」
ゴールドの拳が増殖する。いや、もちろん残像だ。
残像を残すほどの速さで、ピンクごと怪人をぶちのめす。
「あばばばばばば……!」
ピンクがあっという間に失神した。
しかし、怪人はなんともない。ニヤニヤしながら立っている。
「あなた……さては……」
ゴールドが少したじろいだように見えた。
「直接攻撃の効かないタイプね?」
「フフフ」
怪人が笑った。キモい笑い方だった。
「俺はここにいるように見えて、ここにいない。つまり俺はセクハラジョージであると同時に、アクシツストーカーでもあるのだ! アクシツストーカーは闇に潜むもの。闇に潜むものに直接攻撃は通用せぬ! フハ……! ハーッハッハ!」
「自慢できることかしら」
レッド達がヒソヒソ言った。
「犯罪しか自慢できることがないんだね」
「かわいそう」
「犯罪者に同情しちゃダメっ! 同じ穴の兄弟になるわよ!」
「ならば……仕方ない」
ゴールドがレッド達を振り返り、要請した。
「誰かアイツに捕まって! お乳をモミモミされて! その隙に私の『ヒンニュー聖撃波』で葬る!」
レッド達がざわめく。
「え。それって……」
「人質ごと吹っ飛ばすってこと?」
「嫌……!」
「絶対嫌!」
「フハハハハ!」
怪人がバカにするように笑う。
「手の内を俺にまでさらけ出してどうする? 俺はそんなもの喰らわんぞ!」
「仕方がない……」
ゴールドが攻撃の構えを解き、前に歩き出した。
「私がおとりになるわ。その隙に怪人ごと私を吹っ飛ばして」
「ゴールドさん!」
レッド達が喜ぶ。
「えらいわ!」
「ファイト!」
「苦しまないように葬ってあげる!」
「だーかーらー!」
怪人がイライラしたように地団駄を踏む。
「手の内わかってるっつーのに喰らうかよ! お前を人質にはとらんぞ! 可愛いけど貧乳だしな!」
ゴールドは怪人に近づいて行く。
「揉む乳がないのに……どうしろってんだよ!」
怪人は地団駄を踏んでいる。
「あ……」
ゴールドが気づいた。
「隙だらけ」
ノーガードで地団駄を踏んでいる怪人に、必殺の『ヒンニュー聖撃波』を至近距離から直撃させた。
「せークハラストーカーっ」
バイバイキンみたいに叫びながら、怪人は空の彼方まで飛ばされた。
π π π π
私は謹慎処分を受けた。
コンプライアンスに抵触する貧乳戦士にいいところを奪われてしまったその責任を取らされたのだ。
「さて……」
私は千々梨優美に聞いた。
「答えを聞かせてもらおうか」
「熱原局長……」
向かいの席で、彼女は心配そうに私の顔を見ている。
「本当に……組織を辞めてしまうんですか?」
昼過ぎのファミリーレストランは空いていた。私達3人は遅いランチをとりながら、大事な話をしていた。
「コンプライアンスばかり気にして、肝心なことをおろそかにする組織の上部に愛想が尽きた」
私はコーヒーを一口飲むと、言った。
「怪人を倒した君を犯罪者呼ばわりした上に『醜い巨乳レンジャーの子』だなんて言う組織になんて、もういたくない」
「おっπに貴賤などないとわかったよ」
隣に座る一風部長が熱く語った。
「君のおかげだ。俺はずっとおっπとは巨乳や美乳のことだけだと思っていた。君の戦う姿に打たれたよ。美しかった。おっπはまったく揺れなかったが、それでも美しかった!」
「私達3人で新たなスーパー戦隊を作ろう!」
私の言葉に2人とも大乗り気で拳を振り上げた。
「おー!」
「やってやんぜ!」
しかしその数ヶ月後、私達の立ち上げた新スーパー戦隊は、元いた組織によって潰されることになる。『著作権の侵害』の一言に、我々は為す術がなかった。
本当の悪とは……なんなのだろうか……?