第七話 人と人との会話
「あなたは……ロボットですか?」
オリバー先生に私が抱いていた疑念をぶつけた瞬間、島の若い男衆でオリバー先生に惚れている直弼が診療所の扉を大きく開けた。
「これ、ウチで採れたレモンっす!おすそ分けするっすね!」
直弼が持ってきたビニール袋には小ぶりサイズのレモンが敷き詰められていた。それをオリバー先生の目の前にぶら下げると「今日も綺麗っすね!」とキザっぽく微笑んだ。
苦笑いを浮かべる彼女と視線が合う。彼女は私に向かって力強く頷くと、直弼に返答する。
「こんなに……五個ですね……たくさんいただいて……ありがとうございます。」
「へへっ!来年からライチを育てるから楽しみにしてるっすよ!」
「ラ……ライチですか。そうなんですか……」
会話が途切れた途端、彼女は何かを成し遂げたかのような顔を私の方に向けてきた。
何を意図しているのか全く分からず困惑している私を余所に直弼が更なるアプローチをかける。
「今の時代、挑戦することが大事と思うんっすよ!先生はどうっすか?」
オリバー先生が私に何かを見せようとしているなど露知らず、直弼は会話を続ける。
「どう……?私も……そう思います。」
「そっすか!気が合いますねぇ!」
再び彼女は私の方を振り向いた。頬を掻きながら彼女が伝えたい意図をようやく読み解けた。
恐らく、ロボットに人間らしい会話はできないと言いたいのだろう。
だが、通勤中にAIに関する知識をネット検索した私にそんな言い逃れは通用しない。
強化学習という手段がある。
人間らしい会話とは『会話が続く』ことだ。AIは『会話が続く』ことを報酬に定めることで、その報酬を得るためにどう返答すれば良いかの最適解を学習できる。三年間もこの島で会話を学習し続けたAIなら恐らくこの程度の会話は朝飯前だろう。
私とオリバー先生との駆け引きが密かに行われているとは露知らず、普段以上に自分に話しかけてくれる彼女に淡い期待を寄せながら直弼は更に喋りかける。
「そう言えば、オリバー先生。アレはどうだったすか?」
「アレ……ですか?」
悪意のない直弼の言葉が容赦なくオリバー先生を追い詰める。
人がこの台詞を聞いた場合、直弼が最近彼女に話した内容からアレの目星を付けるだろう。そう推測すると、直弼が尋ねているアレは恐らく一週間前に彼女に教えた料理の味のことだろう。
AIならいつの話題を上げるのだろうか?
一か月前か?はたまた一年前か?
彼女が果たしてどのような返答をするのか好奇心に駆られて彼女の返答を待っていると、オリバー先生は私の方を見て小さく首を横に振った。
うるんだ瞳で助けを求めるように私を見つめてくる。
―――先生でもそんな目をするんですね。
正直言ってその目は反則だ。執拗に疑念の目を向け続けた私に罪悪感が重くのしかかる。
助け舟を出そうと決意し、私は二人の間に割って入った。
「この前教えてくれた大根と豚の角煮の感想ですよね?先生、お味はどうでしたか?」
私の一言にオリバー先生の顔が一気に明るくなる。それを見た直弼は苦虫を噛んだかのように顔を歪ませる。
「ええ……!あれですね!いい味でしたよ!」
「そっすか!余った大根持ってきた甲斐があったっす!」
恐らく彼女は食べていないし、嘘をついているのは明らかだが、その場を何とかやり過ごした彼女は達成感に満たされた至福の笑みを浮かべていた。
彼女の笑みを眺めていると不意に襟を引っ張られる。
「それより、緒方!こっちに来るっすよ!」
直弼が私の襟を掴んで診療所の外へと連れていかれる。首をかしげながら見送るオリバー先生の姿が診療所の扉を閉ざされ見えなくなった。代わりに嫉妬に満ちた顔を浮かべる直弼の姿がそこにはあった。
「オリバーさんに手を出してないだろうな?」
「出していませんよ。失礼な。」
診療所で仕事を始めてから二日後に、血相を変えて私に突っかかって来た直弼の姿を今でも覚えている。彼女に惚れている直弼は、一緒に働いている異性の私を目の敵のように扱ってくる。頻繁に診療所を訪れるのも私が変なことをしないよう見張っているつもりらしい。
炎天下の中、興奮した様子の直弼を何とか宥め続けると、次第に落ち着きを取り戻してくれた。
「何もしてないなら、今日はもう用事はないっす。」
直弼は私の襟から手を放して立ち去ろうとする。「待ってください!」と呼び止めると、ふてくされた顔でこちらを振り向いた。
「飛谷さんをご存じですか?」
「帆柱先生御用達の植木屋のおっちゃんすよね?それがどうしたんすか?」
「彼は夏風邪の症状が出ていますが、オリバー先生の言うことを聞いてくれなくてですね……。処方箋はお渡ししましたが、症状が悪化しないか診てもらえないでしょうか?」
こんな面倒極まりない男と無償で付き合うほど私はお人好しではない。行動力もあり、島の中で顔を利かせる若者を利用しない手はない。
「オリバー先生の頼みだから」
その一言だけで面倒くさいと言わんばかりに歪んでいた彼の顔が餌をもらった子犬のような微笑みに変わっていく。
チョロいな……。
そう内心ほくそ笑んだ時、聞き慣れた声が私を呼び止めた。
「君は……緒方高来君かい?」
スーツを着た白髪交じりの丸顔の中年男性が私に声をかけてきた。それは良く知る顔だった。突然の来訪にしばらく声を出せずにいたが、何とか声を振り絞った。
「敬愛ヶ峰病院の柴浦先生ですよね?」
「えっ?緒方さんのお知り合いなんですか?」
私の問いに頷く中年男性の背後から若菜が姿を現した。