8.殺戮の後に
理由のある殺害も、理由のない殺害も、被害者にとっては同じ。
単純に、それは生き残った側が考える問題だ。
「お疲れ様でした。亀さん50匹の殺戮、なんとか10分以内に完了しましたね。おめでとうございます」
ぱちぱちと両手を叩く小林さん。
タイマーの表示は『1:05』。
幾分か余裕を残しての、作業完了だった。
腕が重い。
頭が痛い。
手が震える。
ゆっくりと、ずるりと金槌が手から滑り落ちる。
がらん、ごろんと野太い音が室内に響く。
僕はその場にへたり込む。
みっとくもなく、尻から地面へと着地する。
視界に映るは、おびただしい数の、50匹の亀の死骸。
中には一撃で殺すこともできなかった子たちもいる。
特に最後の数匹は何発叩いたか覚えていない。
「これであなたの中の『命の重み』の定義は大分変わりました。人間相手でも簡単に引き金を引くことができるでしょう。拳銃は金槌よりは大分、肉体的にも精神的にも負荷は少ないですからね」
小林さんはそう告げて、僕に手を差し伸べる。
2秒程迷って、その手を掴む。
細く、かつもっちりとした水々しい食感の手。
感覚がほとんど薄れていたが、そう感じた。
「あ、そうえいばどうでした?理由なく命を奪うのと、理由があって命を奪うことの違い、分かりました?」
雑談のように、彼女は尋ねる。
映画の感想を聞くように、
気軽に。
命のやり取りの感想を尋ねる。
その表情から悪意や害意、嘲笑といった類の感情は読み取れず、単純な興味で聞いているようだった。
恐ろしい人だ。
人としての感情が、
善とか悪とかそういった倫理観がないのかもしれない。
この人には、
小林さんには。
「奪われる側にとっては、理由があろうとなかろうと結果は同じなんですけどね。ただ単に、奪う側の気持ちの問題、モチベーションの問題です」
彼女は淡々と語る。
自分の意見を。
息絶えた亀の一匹ーー『カメリア』を手に取りながら。
だが、僕には彼女を残酷だとか、悪人だとか、詰る権利はない。
自分が生き残るため、
他者を、自身が憎む相手の命を奪うあるいは陥れるために、
その練習で50匹の命を奪った僕に。
「理由があったほうが、体は動くものですね」
僕は力なく笑って答えた。
頬に温い液体が触れるのを感じた。
それはきっと、僕の自身から分泌されたものだろう。
涙、なのだろう。
けれど、最早僕にそれを流す資格はない。
命の喪失を悲しむ資格はない。
善悪を語る資格は、ない。