6.理由
理由なき殺害と理由のある殺害、どちらが正義だろうか。
小林さんは、その問いには答えない。
彼女の辞書に『正義』なんて単語は存在しないからだ。
僕と小林さんと『初めて』の共同作業。
ケーキ入刀よりも、遥かに血生臭い行為。
一撃で、亀の甲羅は粉砕された。
金槌という、原始的な構造の文明の利器。
その用途は単純に威力増強。
物を破壊するか、何かを打ち込むための道具。
よもや、自分がこのような用途で使うことになるとは思わなかったけれど。
「はい、では次からはお一人でお願いしますね」
小林さんは、次の犠牲者を水槽の中から取り出した。
背中には『亀美』と書かれている。
「ほら、早くしないと日が暮れてしまいます。もしかして、私と一つ屋根の下、一晩過ごしたいとか、思ってます?」
冗長っぽく彼女は言う。
普通なら笑える冗談なのかもしれないが、この状況は笑えない。
無為に、
無駄に、
不必要に、
命を奪ってしまったこの状況では
先程僕『ら』が殺した亀ーー亀吉からは血がゆっくりと滲み出している。
じんわり、
じわじわと。
だが、彼の生命が終了しているのは明らかで、動く気配は全くない。
「もう、意気地のない人ですね。よく言うじゃないですか、1人殺すも1000人殺すも取られる首は一つだけ、と」
よく言わない。
なんだ、その恐ろしい諺は。
「それに、この程度で呆けていては、人なんて到底殺すことはーー殺しきるはことはできませんよ。私たちは、道徳とか倫理観とか、そういった見えない鎖で縛られてしまっているのですから……ああ、でも、面倒だな」
小林さんは会話の途中で、ため息をこぼす。
何かを思いついたように、
けれどそれを実行に移すのは気がすすまないように。
彼女は水槽横に併設された小さな棚から、リング状の何かを取り出した。
ブレスレットのような、
銀色に光る何か。
てくてくと僕に近づき、何も言わずに僕の腕に嵌めた。
かちゃり、と差し込み式のタイプのようで、音がした。
「これは、一体?」
疑問を向ける僕に、彼女は笑顔を返す。
「それは理由ですよ。岡平さんが、この子たちを殺しても仕方がないな、と思える理由。最初はしりあるきらーな感じに練習してもらおうかと思いましたが、あなたの性質上、それは難しいそうなので別の手段をとることにしました」
彼女は淡々と説明を続ける。
このブレスレットが何なのか。
「その腕輪はボタン一つで爆発します。これはスペアですが、こんな感じですね」
小林さんは、同型のものを再度戸棚から取り出し、机の隅に置く。
近場のアクリルのような透明な箱をそれに被せた。
携帯を操作し「ぼん」と爽やかな笑顔を作ると、爆音と共にケースの中は煙に包まれた。
「要するにそれは小型爆弾です。一応、万全を期して特殊なケースを被せて飛散を最小限に抑えましたが、基本安全に配慮された爆弾です。対象のみを破壊する、選択的爆弾」
さて、もう状況は把握できましたよね、と彼女は携帯画面を見せながら、僕に言う。
『爆発させますか』
と無機質な文章が表示されている。
つまり、僕は選ばないといけない、とうことだ。
選ぶしかない、ということだ。
亀の命を奪うことにするのか、
自分の命を諦めることかを。
「大丈夫です。無いとは思いますが、万が一岡平さんが自死を選択した場合は、先ほどの300万円でお葬式をしてあげますから」
小林さんは、再度冗長っぽく笑った。
当然、僕は笑えなかった。