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仕立て屋 小林綺壱朧の犯罪  作者: くわっと
3/8

3.依頼料金

小林さんへの支払いは、いつもニコニコ現金先払い。

彼女の事務所にはキャッシュレス経済の波は到達しえない。

「では、まず価格の確認からしましょうか。これもご紹介者の方から聞いているとは思いますが、私の仕事は一律一件300万です。人の命を奪い、人の人生を台無しにする仕事ですからね。生半可な気持ちで依頼されても困りますので。ご理解の程、宜しくお願いします!」


「はい、それは……大丈夫です」


本当は大丈夫ではなかった。

これも事前情報にあったが、預金金額を考えると、当面の生活はかなりぎりぎりになるだろう。

だけれど、僕は彼らを排除しなければ、『僕』を取り戻せない。

ただの機械、

または奴隷、

あるいは玩具としての人生が続く。

それは、生きていると言えるのだろうか?

この世に生を受けた意味があると言えるのだろうか?



「けど、安心してください。このお金は、別に私の生活に消える訳ではありません。恵まれない国の恵まれない子供たちの命を救ったり、殺処分手前の動物を救ったり、森林伐採で禿山化の進む地域の植林活動に使われたりします」


嘘か本当かわからない、そんな綺麗事を彼女は滔々と語る。

金で命は買えないけれど、金で救える命はある、ということか。


周囲を観察すると、部屋の片隅に固められている感謝状や子供の笑顔の写真が視界に入る。

その存在が、先の言葉の信憑性を高めた。


僕も恵まれない側の人間に、この大枚をはたくことによって移行しようとしているのだが。

まあ、それは自己責任だ。

僕の場合、彼らと違って先天性のそれでない。

日本という平和な国で生まれ、

裕福ではないが、貧しくもない家庭で育ち、

普通教育を受け、さらには大学、大学院まで通わせてもらった。


ただ、入った会社が悪かった。

入った部署が悪かった。

周りの人間が、悪かった、というだけの話だ。

併せて、僕の頭と選択した行動、選択しなかった行動がどれも悪かった、ただそれだけのことだ。


もっと早くに決断していれば、ここまで思い詰めることはなかった。

心を病むことも、

殺意を抱くことも、

生き地獄を味あわせてやりたい程に憎むことも、

なかったはずだ。


逃げれば良かったのだ、単純に。

あの頃の僕に、今の僕が助言ができるばら、そう言ってやりたい。

けれど、それは叶わぬ願いだ。

時間のベクトルは常に一定だ。

過去から現在、そして未来へ。

時計の針を物理的に、つまりは指で強引に逆回転させることはできるが、そんなことをしても、現実世界には何も干渉しない。

ただ、無為な行為をした時間が、消費されるだけだ。


「あの、大丈夫ですか?もしかして、お金、払えませんか?」


心配そうに、彼女は尋ねた。

僕は精一杯強がって答える。


「いえ、払えます。ただ、僕の300万が提案された三つのうちのどこへ寄付されるのかな、と思いを巡らせていただけです」


「それなら、指定していただければ、用途限定もできますよ」


「じゃあ、えっと… …」


恵まれない子供達の命を救うやつで、と僕は言った。

人を一人殺し、同時にーー正しくは時間差で数多くの子供達の命を救う。

僕は、天国に行くのだろうか?

それとも、地獄に行くのだろうか?

そんなたわいのない、思考巡らせつつ、僕は鞄から現金300万円を取り出した。


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